(11)華麗なる逃走劇


 ヴォォォォォン! ヴォォォォォン! 

 という、耳心地の悪い警報が施設内に響き渡る。各所でレッドランプが回転し、生徒会キャビネット役員たちが慌ただしく動き出した。

 


 地下の警備員にふんして潜んでいた八垣やがきアラシは、顔では平静を装いつつも、内心焦っていた。



(まさか、俺が潜伏してるのがバレたのか? いや、しかし……ここに来るまでの痕跡は全て消した。セキュリティシステムにもほぼ干渉していないはず……)



 彼は今、クレイドラクロアがいるガラスおりに繋がる巨大な空気清浄機の、変電設備ボックスに身を潜めていた。普通なら入れないような場所だが、神獣用としてあつらえてあるこうした巨大設備には、人が潜り込むだけのスペースが溢れている。




生徒会キャビネット自衛小隊、現着しました!」



「地下警備員はただちにエリア別に班を分け、自衛小隊と共に侵入者の捜索にあたれ!」



 アラシが居る場所のすぐそばで、武装した生徒会キャビネット役員たちの点呼が始まった。アラシは、息を殺しながらその様子をうかがう。

 今のアラシは地下警備員の格好をしている。万一、ここにいることがバレたとしても、点検のためにここに居たと言ってしまえば怪しまれることはない。



(落ち着け。 ここまでは順調にきている……)



 生徒会キャビネットは、図らずしも不登校組レジスタンスと関わってしまったあの新入生シュウマを必ず保護するはず。そう考えたアラシは、あの場から退散した彼らを追った。入学式襲撃で混乱状態に陥っている今なら、生徒会キャビネットの拠点も警備が手薄だろうと予測したのだ。



 結果として、アラシの予想は当たった。普段なら警備が三倍は居るところを、軽い変装と偽装工作で突破。しかも、ヤツらを追いかける中で、クレイドラクロアが収容されているエリアにもたどり着けた。

 アラシ自身、本物のクレイドラクロアを目にするのは初めて。これは彼にとっても不登校組レジスタンスにとっても、嬉しい誤算だった。



(とにかく、ここからどう脱出するかを考える必要があるな。 ……ただ、ここまで来たからには、クレイドラクロアの血を少しでも奪っておきたい)



 生徒会キャビネットが管理する『黙示録の神獣』と、この距離まで近づける機会はそうそう無い。もしかすると、今後二度と訪れないチャンスかもしれない。いつもは冷静なアラシだが、緊迫する状況も相まってか、危険を省みない頭になっているようだった。



(侵入者が地下施設から脱出したパターンも想定して、外を探索する班があるはず。 まずはソイツらを探して紛




「───侵入者はこの変電ボックスに潜んでいます。 総員、周辺を囲んで下さい」



「なっ!?」



 アラシの呼吸が止まる。気づけば、慌ただしかった役員たちの足音が止まり、近辺に気配が集結していた。

 

 

 アラシは混乱した。何故バレたのか、どこから把握されていたのか。少なくとも、先ほどまで役員や警備員たちは誰一人として気づいていなかったはずだ。

 扉の向こうで、生徒会キャビネット副会長の落ち着き払った声が響く。



「自衛小隊の皆さんは、カウントの後に突入をお願いします。 各位、戦闘などに備えて構えていてください。

 五、四、三……」



「……クソっ!」



 ガンッ! と扉を蹴破ると同時、アラシはスモークグレネードのピンを抜いて地面に叩きつけた。

 自衛小隊らがアラシを取り押さえようとするも、アラシが地下警備員の格好をしていたために、周囲を囲む役員らと視界の上で同化してしまう。結果、前方の隊員らが倒れ、ドミノ倒しのように後方の隊員たちもが体勢を崩してしまった。そこにスモークが重なり、変電ボックス周辺は大混乱となった。



「あっちだ! 階段の方に逃げたぞ!」



「侵入者は地下警備員の制服を着ている! 気を付けろ!」



 スモークから抜け出した数名の隊員が、侵入者を追って走ってきた。アラシはまるでパルクールのように、施設内の設備を飛び越え乗り越え進んでいく。



生徒会キャビネットの連中は、地下施設内の設備を壊したくないから、派手に追い回せない。 そこは予想通り)



 捕獲ネットや麻酔弾などが撃たれることはあるが、基本的にはそうした威力の弱い攻撃ばかり。熟練の戦闘スキルを持つアラシの敵ではない。



 しかし、このまま本当に逃げ切れるのだろうか、という疑念がアラシの思考を一瞬鈍らせる。



「居たぞ! 観測エリア前だ!」



 先ほどいた隊員らに、再び距離を詰められてしまう。アラシは拳銃と簡易スモークで応戦しながら、次の一手を考えていた。



 急に侵入者である自分の存在がバレたこと。そして、隠れている場所まで突き止められたこと。

 ……いずれも、あの副会長の仕業だった。


 

 無論、生徒会キャビネットの幹部クラスを相手に無警戒でいるほど、アラシも無能ではない。が、相手がどういう力を行使しているのか、その判断材料があまりにも少なすぎる。

 彼女にどう対応すべきか、それを考えないことには、ここから逃げるすべはない。



 しかし、



「っ!? う、ぐぁ……!」



「───そこまでです。 これ以上、施設内を荒らされては困りますので」



 突如、アラシの身体が接着剤をかけられたかのように固まった。彼の手から、拳銃が零れ落ちる。身動きが取れないまま、ゴン! と膝をつくアラシの前に、副会長……雨木あめきミヤビが立ちはだかった。



「『トラエカギムシ』の異能ギフトを持つ隊員四名に、ここで待機してもらっていました。 貴方はもうここから動けません」



「……俺がここに来るよう誘導したのか」



「少し違います。 誘導したのではなく、貴方がここを通ることをしたのです」



 そう言って、ミヤビは眼鏡をスッと上げた。



「私が契約する『ウラマニノキュウビ』の異能ギフト。 その”予知能力”の前では、あらゆる抵抗は無意味でしょう」



「っ……なるほどな、どうりで俺の居場所も行き先もバレる訳だ」




 睨み合う二人。その周囲には、駆けつけた警備員や自衛小隊らが集まって陣形を組んでいる。アラシは、絶体絶命のピンチに陥ってしまった。




 ───そして、その様子を遠くから見ていた裁切さばきりシュウマは、ガードマンとして彼をかば天津あまづミズキの肩ごしに顔を出しつつ、ヒソヒソ声で呟く。



「なぁ、あれもう鎮圧したっぽくない? もう大丈夫じゃね?」



「呑気なこと言ってないで頭を引っ込めて下さいっ! どこかに仲間の狙撃手スナイパーなどがひそんでいたらどうするつもりですか!」



「いやいや、流石に狙撃手スナイパーは居ないだろ……。 ってか、あそこで捕まってる侵入者、どっかで見たことあるような気がすんだけどなぁ……」



「新入生である貴方が、怪しい人物と顔見知りであると? なら、貴方の方にこそ嫌疑けんぎがありますね。 今すぐとらえましょうか?」



「……あのさ。 俺、アンタに何かしたっけ? さっきからなんでそんなツンツンした態度なの? 泣くよ?」



 と、緊張感のない小声の会話を繰り広げる二人。ミヤビ達がいる現場からかなり離れている二人は、侵入者の顔は勿論、彼らが今どのような話をしているのかさえ、分からない状況だった。



 そんな中、事件の中心にいるアラシが密かに動こうとしていた。



「悪いが、不登校組レジスタンスの大義はこの程度の事でついえたりしない。

 ……俺たちは、貴様らコーファライゾの生徒にしいたげられてきた過去の中で学び、そして進化している」



 ニヤリ、と笑みを浮かべるアラシ。それをいち早く察知したミヤビが、再び異能ギフトを行使しようとするも、間に合わない。



「皆さん、離れ───」



「遅ぇよ」



 キン! という金切音かなきりおんが響くと同時、魔力の衝撃波のようなものがアラシを中心に広がった。ミヤビや、近くにいた隊員たちは一斉に身構える。しかし、爆風や閃光など、直接的な攻撃は発生しなかった。



「何だコイツ、一体何を……っ!」



 そう言って顔を上げた隊員の一人が、言葉を失う。



 隊員らの異能によって身動きを封じられていたはずのアラシが、いつの間にかのである。



「まさか、異能ギフトの妨害魔法……!?」



「正確には、それを模造した魔力妨害電波ジャミングの発生装置だな。 

 コイツが俺の手から離れて一定時間が経過すると、自動で発動するようになっている」



 そう言って、アラシは拳銃の持ち手部分をトントンと指差した。



 つまり、彼の拳銃に隠されていた魔力妨害電波ジャミングの装置が、彼の手から離れたことで時間を置いて発動したのである。これは、椎名しいなミヨが幻獣の血を研究して作り上げた特別な装置。今では、不登校組レジスタンスの切り札として、幹部クラスが持つ武装の一部に標準搭載されている。

 そんな不登校組レジスタンスの秘密兵器によって、アラシを拘束していた隊員たちの異能ギフトは強制的に遮断されてしまったのだ。



「保管しているクレイドラクロアの血を寄越よこせ。 そして、俺をこのまま脱出させろ。

 ……地下施設をメチャクチャにされたくなければな」



 拘束から解放されたアラシは、銃をホルダーに入れ、背中から巨大な剣を取り出した。そして、それを片手で構えると、ミヤビにその刃先を向ける。



「……それが、不登校組レジスタンスの狙いですか」



 魔力妨害電波ジャミングの影響で痛む頭を押さえながら、ミヤビは言う。袋のネズミであったはずの侵入者に、ここまで主導権を握られるなんて……と、後ろの隊員たちは内心で怯えていた。



「さぁ、早くしろ。 さもないと今すぐにでも───」




「───やっっっぱり!!!

 コイツ、山ん中でワイバーン襲ってた野郎じゃねえか!!!」




 緊迫する状況を叩き割るような、間抜けな大声が響く。



「「「……は?」」」



 ミヤビが、隊員らが、そしてアラシが一斉にその声の方へと顔を向けた。皆からの視線を一手に浴びながら、声の主……シュウマは、空気も読まず高らかに言い放つ。



「あっちでもこっちでも好き放題やりやがって……! テメェ今からたんまり拳で説教してやるから覚悟しとけよ!? あ!?」




 つづく

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