(10)蒼雷の終焉龍、クレイドラクロア

 ✳✳✳


 管理局本部の建物内では、じょうアキツミと、珠縄たまなわトウカとの戦闘が続いていた。

 ただし、その優劣は歴然。最大の切り札であるイーヴェルラプターの大群をほとんど倒されてしまったアキツミに、もはや成すすべはない。彼は、自前のハンマーを振り回しながら、トウカの攻撃を耐え凌ぐのに必死だった。



「クソッタレ!! なんなんだあの女はァ!」



 柱の裏に身を潜めながら悪態をつくアキツミ。

 しかし、



 ───ヒュウウウン!!



「ぐ、はァッ!?」



 アキツミ目掛けて飛んできた無数の銃弾が、彼の身体に触れて爆発した。

 どっしりとした図体ずうたいが宙を舞う。銃弾は、彼の身体を貫いた訳ではなく、単に爆発しただけ。トウカが発砲したのは、風紀委員ポリスソルジャーお手製の、非殺傷型の銃弾だった。



「ウチの異能ギフト、どんなのか教えたげよっか?」



 ぬいぐるみのストラップがぶら下がった二丁の拳銃をグルグル回しながら、トウカが倒れ伏すアキツミに近づく。



「ウチが契約してんのは、『マグナメガロドン』って神獣ね。 "泳弾えいだん流鏑鮫やぶさめ"って異名もあんだけど、知ってる?」



 トウカは、右手に構えていた銃を天井に向け、おもむろにバンッ!と発砲した。

 ひっ!? と身を抱えるアキツミだったが、天井を貫いたはずの銃弾は、まだ爆発しない。違和感を覚えて顔を上げるアキツミに、トウカは言う。



「こーやって契約者が飛び道具を撃つと、射出された物には意志が宿り、術者が自在に操れる。

 よーするに、ウチが撃った拳銃の弾は、ウチの思い通りに軌道を変えて、何かに当たるまでギュインギュイン動かせるってワケ。

 こんな風に……ねっ!」



 まさに今、トウカの言葉が終わるタイミングで、先程放たれた弾丸がアキツミの額めがけて頭上から飛んできた。



「ごはァッ……!!」



 まるで時間を測ったかのように到達した弾は、ギリギリで回避したアキツミの背後の壁に突き刺さる。その瞬間、弾は爆発して、アキツミの身体をまたしても吹き飛ばした。



「よし、確保。 生徒会キャビネット治安維持規則に基づいて、貴方を拘束します。

……うん、これで大丈夫だね。 トウカちゃんもありがと~!」



 爆風に飛ばされたアキツミは、そのままアケヒの足元へと転がっていった。アケヒは、アキツミが気絶していることを確認すると、腰から手錠を取り出してアキツミの両手を後ろ手に拘束した。



「おっつ~♪ とりまこれで一段落っしょ?」



「だね。 後は、シュウ君たちが上手くやってくれてれば良いんだけど……」




 しかし、事態はそれで収束しなかった。



 バゴォン!! という爆破音とともに、外壁が破壊される。それと同時に、外から投げ込まれた筒状の何かが、物凄い勢いでスモークを噴き上げ始めた。



「きゃっ!? ちょ、何コレ!?」



「まさか、不登校組レジスタンスの援軍……!?」



 催眠や催涙ガスの類いを警戒し、アケヒは素早くその場を離れた。勿論、拘束したアキツミの身柄は手離さない。



 しかし、今回に限ってはそれが裏目に出る。



「───エネルギー切れの照姫てるひめアケヒ発見。 確保」



「っ!?」



 アケヒの背後に立っていた女。その気配を察知するのが、一瞬遅れてしまった。



「う、ぐっ……」



 刹那せつな、アケヒの意識は闇の中へと葬り去られる。アキツミの身体と共に、バタン! と二人の倒れる音が、煙の中で響いた。



「アケヒ様!? ねぇ、アケヒ様大丈夫!? 今どこ!?

 返事してって!! ねぇ!!」



 声を荒らげるトウカだったが、時既に遅し。



 煙に紛れた三人の構成員たちは、同僚の身柄と、目標ターゲットの身柄を抱えて、忍者のようにその場から消え去ってしまったのだった。




✳✳✳




「お前が……クレイドラクロア、なのか……」


 

 生徒会キャビネット本部の地下施設。

 そこで、シュウマは巨大な龍と対峙していた。




 全長はおよそ二十メートルほど。全身が白とも銀ともとれるような色の鱗で覆われており、施設の照明によってギラギラと輝いている。今は閉じているが、背中から生える翼もまた、白銀の輝きを纏っている。その猛々たけだけしさを携えつつ、四本の足でじっと佇むその姿は、スフィンクスのような気品の高さをも漂わせていた。

 ビル七、八階分ほどの高さからシュウマを見下ろすその顔は、全体が針のような突起に覆われ、青色の瞳がその奥からギラリと覗く。グルルル……と喉が鳴る度に地響きのような空気の震えが伝わり、黄土色の牙が口元から現れ出た。



 まさに、神獣という名がふさわしい存在。見る者全てを惹き付ける神々しさと荒々しさを兼ね備えた神の龍。

 クレイドラクロアは、ただそこに鎮座するだけで、その迫力をシュウマへと焼き付けたのだった。



「クレイドラクロアがもたらす異能ギフト

 それは、あらゆるエネルギーの絶縁インシュレーションです」



 クレイドラクロアから目が離せなくなっていたシュウマの後ろで、副会長のミヤビが説明を始める。



「クレイドラクロアは元来、いかずちを司る神獣でした。 しかし、その力は電気だけに留まらず、ありとあらゆるエネルギーの流動に作用するように進化していきました。 その結果、今の力が完成したと言われています」



 初めて明らかになるクレイドラクロアの……もとい、アケヒの異能ギフトの力。しかし、まだイマイチ理解できない、という顔でシュウマは眉を潜めた。ミヤビは、シュウマのその反応を見越していたかのように、更に説明を追加する。



「クレイドラクロアの異能ギフトを使えば、エネルギーの流れを”電流”に見立て、その抵抗力を操ることができるようになるんです

 ……シュウマさんは、”絶縁体”という言葉をご存知ですか?」



「は? いやまぁ、はい……中学の理科で習うヤツですよね……? 電気を通さない、みたいな……」



「えぇ。 原子核と電子の結合が強く、自由電子が限りなく少ない物質は、電子の流れが発生しません。 故に、電気を通さない物質となります」



 高校の理科の授業を思い出しながら、シュウマは頷く。



「クレイドラクロアの異能ギフトでは、地球上のあらゆるエネルギーを電気と同様に扱います。 すなわち、異能ギフトによって作用した物質を、エネルギーの循環をせき止める”絶縁体”へと変えてしまうのです。 それは、もはや概念レベルにまで及ぶといって差し支えないでしょう」



 例えば……と、ミヤビは人差し指を立てて、



「人間や幻獣の動きを止めたり、物体が落下する際の重力を止めたり、空気の振動を止めたり、……」



 ミヤビが言ったその言葉で、シュウマはハッとした。

 彼が、ゲートを抜ける時に負傷した右腕。最初のうちは、叫びたくなるぐらいの激痛が走っていた。しかし、今その痛みは無くなり、シュウマは怪我をしていたことさえ忘れていた。



『───私の異能ギフトで痛みを抑えられるかもしれないから、後で試してみるね』



 アケヒがシュウマの腕を見た時、彼女はふとそんな言葉を口にしていた。つまり、アケヒはシュウマが知らない内に、彼の腕の痛みを異能ギフトで抑えてくれていたのだ。



 クレイドラクロアの異能ギフトのすごさに期待を高めるシュウマだったが、それとは裏腹に、ミヤビの説明は不穏な様相ようそうまとっていく。



「更には、太陽光の入射や熱エネルギーの放出を止めたり、酸素が他元素と融合するのを止めたり」



「……は?」



「血液の流れを止めたり、地球の自転および公転運動を止めたり」



「いや、ちょっと」



「端的な例ですと、地球上の生命活動を全て止めたり、銀河系のエネルギーを全てを止めたりすることも出来ます」



「いやもう世界終焉シナリオじゃねえか!!!」




「───えぇ。 ですから我々は、クレイドラクロアを『』……即ち、世界を滅ぼす神獣として分類し、厳重に管理しているのです」



「っ……!」



 シュウマの目が見開かれる。アケヒや不登校組レジスタンスのヤツらが口々に呟いていた「世界を滅ぼす力」。その意味を、シュウマはようやく理解した。



「コーファライゾ学園国に存在する神獣クラスの中で、『世界を滅ぼす力を有する』と判断された神獣は五体存在します。 我々はそれを、『黙示録の神獣』と呼称しています。

 クレイドラクロアは、生徒会キャビネットで管理している三体の『黙示録の神獣』のうちの一体です」



「世界を……」



「勿論、先ほど挙げた例はあくまで理論上のものです。 クレイドラクロアが実際にそこまで力を行使した記録はありませんし、異能ギフトを手にした照姫アケヒも、そこまでの力を発揮することは出来ませんでした」



「発揮してたら大問題ですよ……」



 横からボソッとミヅキのツッコミが入るが、ミヤビは気にする様子もなく話を続けた。



「裁切シュウマさん。 貴方に、この強大な力を受け止める覚悟はありますか?」



「っ…………俺は……」



 再び、クレイドラクロアを見上げるシュウマ。

 眼前にそびえる神獣は、まるでシュウマを見定めるかのようにじっと佇んだままだった。対するシュウマは、先ほどまでの余裕を完全に失い、唇や膝をガクガクと震わせていた。



「……まぁ、すぐには決められないでしょう。 この件は、一旦持ち帰っていただいて構いません。 気のすむまで、じっくり考えて下さい。

 その上で、我々生徒会キャビネットと協議を……」



 と、ミヤビが中途半端な所で言葉を切った。



 どうしたのだろう? と、シュウマとミヅキが共にミヤビの顔を覗き込む。ミヤビは何故か、静かに目を閉じて俯いていた。まるで、急に立ちながら眠ったかのような格好で彼女はフリーズする。

 そして数秒後。



「……私としたことが。 油断していたようですね」



 ふぅ、と息を吐きながら左手を掲げるミヤビ。直後、左手から魔方陣が現れる。ミヤビは、先ほどとはまるで別人の鋭く大きな声で魔方陣に向かって言った。




「───生徒会キャビネット地下施設にて侵入者を発見!

 繰り返す! 生徒会キャビネット地下施設にて侵入者を発見!

 役員は直ちに現場へ急行せよ!」



───その途端、施設内は赤色の光と、けたたましいアラート音に飲み込まれた。



つづく

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