かくして俺は、異世界学園で終末の力を託されました

彁面ライターUFO

序章

異世界学園、新入生の旅立ち



 異世界に存在する”学校みたいな”国、『コーファライゾ学園国』。


 もはやその存在は、現代社会では当たり前のように認知されている。

 


 十年ほど前、東京の某所で異世界への入り口が発見された。そのゲートを越えた先には、何故か日本語の通じる異世界の文化圏が広がっていたのだ。

 総人口およそ九五万人。国としての広さは、北海道より少し小さいぐらい。しかも、その面積のほとんどは国の北西を覆う巨大な森であり、国民は皆、中央都市かその周辺に拠点を構えて暮らしている。


 驚くことに、その国は、『生徒会』という名の政府組織があったり、『風紀委員』という名の警察組織があったりと、まるで学校と同じような組織、運営方法によって統治されていた。



 日本政府による調査の末、その国は『コーファライゾ学園国』という名を有していることが判明した。

 



 ───裁切さばきりシュウマは、そんな異世界の学園に、”新入生”として選ばれた。



「それでは只今より、第八期コーファライゾ学園国選抜入学生の点呼を行います。 呼ばれた者は返事をして、ゲートの前に並ぶように。 ……くれぐれも、ゲートの光には触れないよう、気をつけて下さいね」

 


「「「「「はいっ!」」」」」



 緊張した面持ちで教官の前に並ぶ二十名の新入生たち。彼らの体格や年齢は見事にバラバラであるが、皆が共通した特殊な制服に身を包んでいる。

 深い緑を基調とした生地に白のラインが通っており、男女ともに上着の前面がファスナー形式になっている。下は、男性がストレートのズボン、女性が膝丈のタイトスカート。よくある特撮作品の隊員が着ているような制服を、全員が着用していた。



 シュウマは、列の一番右端に立っている。癖の少ない、落ち着いたショートの茶髪が、身体を揺する度にヒョコヒョコと跳ねる。リュックサックの肩紐を両手で握りしめながら、彼は緊張とワクワクの入り交じった瞳を、ゲートへと向けていた。

 

 

 (ようやく……ようやく行けるんだ、異世界学園に……!)


 

 彼らの目の前にそびえる、ゲート。

 それは、虹色に輝くスクリーンのようになっており、シュウマの期待に呼応するかのように、七色の光をうねらせていた。




 年に一度、日本ではコーファライゾ学園国への入学者……すなわち、異世界への移住者が選出される。


 これは、人口減少が著しいとされるコーファライゾ学園国が、国として崩壊してしまうのを防ぐため、日本政府側から提案した措置であった。

 しかし、これはあくまで表向きの名目。彼らには秘密裏に、異世界の調査隊としての役割が与えられているのである。



「……次。 九番、植杉うえすぎヒカリ!」


「っはい!」



 ただ、今となってはコーファライゾ学園国も、日本と友好的関係を築いており、秘密裏の調査がほとんど必要なくなってしまっていた。

 結果、今では本当にただの”交換留学”のような形で、コーファライゾ学園国への選抜入学が行われている、という訳である。



「次。 十四番、生田川いくたがわワカナ!」


「はい!」



 ここに来ている者は皆、コーファライゾ学園国に入学したいと志願した者たちだ。入学選抜は、年齢、性別関係なく自由にエントリーできる。

 しかし、実際に選抜を受けられるのは、抽選によって選ばれた者だけ。そこからさらに、あらゆる試験を突破して勝ち残る必要がある。



「最後。 二十番、裁切さばきりシュウマ!」


「はいっ!!」



 期待に満ち溢れた大きな声で返事し、シュウマは前に出る。

 これで、全員の点呼が済んだ。ここに並び立つ者は皆、運と実力、そして根性でコーファライゾ学園国への入学を勝ち取った者たちだ。




「えーそれでは……皆さんにはこれから、全員でゲートを通り抜けていただきます。 向こうに着いた後の段取りについては、向こうで話があると思いますので割愛しますね」



 ゲートの前に並ぶ新入生たちの後ろから、梁瀬やなせ教官が声をかける。



「座学で既に勉強していると思いますが、ゲートをくぐることで起きる”異世界転移”は、人体にいくつかの影響をおよぼします。

言うなれば皆さんは、実験用コロニーに向かう宇宙飛行士のようなもの。 ”世界を飛び越える”という、科学的に未解明なことも多い行為をやってのける訳ですから、危険も伴います」



 ゴクリ、と隣の生徒が唾を飲んだのを、シュウマは聞き逃さなかった。かくいうシュウマ自身も、心臓の鼓動が早まっているのを自分で感じ取っていた。



「ゲートを越えられず一部、ないし全身不随。 転生後に意識不明、あるいは記憶喪失。 ……どれも過去、実際に起きている事例です。

そうした事故を防ぐためにも、特殊制服の着用と脳信号補助パッチの装着はしっかりと。 また、ゲートに入る際の手順も、訓練通りに行うよう、細心の注意を払ってください」



 あーそれから! と、梁瀬やなせ教官の隣にいたもう一人、高身長の鳥羽とば教官が割って入った。



「通信系統の一切は、両国間で繋がっていないのは知ってるな?

一度ゲートを跨げば、こちら側に連絡を取ることはできなくなる。 万が一、向こうでトラブルが起きた場合は、向こうの管理局に対応を頼むこと。 良いか?」



「「「「「はいっ!」」」」」



 不安と、そして決心とが入り混じった返事が響く。注意事項の最終確認……すなわち、いよいよゲートを通って向こうの世界へ行くということ。顔や声には出さないものの、皆がそれを実感し、噛み締めていた。



「では、カウントを始めます。 スタッフの皆さんも、準備をお願いいたします」




 シュウマは、誰にも気づかれないようこっそりと右手をズボンのポケットに入れ、あるものを取り出した。ジャラ……と、シュウマの右手の中で音がする。


 そこには、彼が昔から大切に持っていた、小さなドラゴンのキーホルダーが握られていた。



 サービスエリアのお土産コーナーにあるような、小銭サイズの小さなキーホルダー。

 金色にあしらわれたデフォルメ調のドラゴンが、赤く光るガーネットの玉を抱えているデザインである。



 

『───これ、おまもり! 離れてても、きっとそれがシュウ君のこと守ってくれるから!』




 ……五年前のあの言葉が、シュウマの脳内で鮮明に再生される。



(待ってろよ、アケヒ。 ……今から逢いに行くからな……!)


 




『コーファライゾ学園国との接続を確認、これより、転移補助システムを起動します』



 機械音声が響くと同時に、入学生たちが荷物を抱えた。シュウマもそれに続いて、リュックサックの肩紐をグッと下に引き寄せるように引っ張った。



「それでは皆さん、”コー学”で素敵な異世界生活を謳歌してくださいね」



 その言葉を最後に、二人の教官はその場から二、三歩ほど引き下がった。

 バチバチバチ……と、ゲートの両端に置かれた大きなマシンが音を立てる。そして、虹色に光るゲートもまあ、その輝きを徐々に強めていた。



『カウントを開始します。 三……』



 ギュイイイン、という音と共に、新入生らの特殊制服が赤く光る。異世界転生にかかる負荷を抑えるための制御装置が起動したのだ。

 彼らの身体を、装置のじんわりとした熱が包み込む。



『二……』



 シュウマは目をカッと開いて、いつもより強く息を吐いた。決意と不安、覚悟、緊張……色んな感情が混ざり合う。

 でも、彼の中で一番たかぶっていたのは、”期待”だった。



 夢にまで見た、異世界の学園。



 そこに入学するために、俺はこの二年間、ずっと努力を重ねてきた。


 

 もっと強い自分になるために。



 その強さを証明するために。



 ……そして、強くなった自分の姿を、アケヒに見てもらうために。



『一……』



 いよいよ、あと一秒。

 覚悟を決め、今一度リュックの肩紐を固く掴み直すシュウマ。




 ───その右手から、ジャラ……と、キーホルダーがこぼれ落ちた。




「あっ……」



 つい反射的に、シュウマは前方へと手を伸ばしてしまう。

 しかし、その先は虹色に輝くゲートの幕。キーホルダーは、光に溶け込むようにして消えていってしまった。


 そして、




「おいバカ!! 手を出すなっ!」



「ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああ───!!!!!」



『ゼロ。 転生シークエンス、起動します』




 鳥羽とば教官の声と、シュウマのうめき声。そして、ゼロカウントの音声が重なった。


 

 ゴゥン!! と、音圧の強い衝撃がゲートから解き放たれる。

 機械によって制御されたその光は、ゲートの目の前に並んでいた新入生たちだけを包み込むようにして展開した。


「……」


 彼らは、収縮する光に飲み込まれるように、そのまま消失。

 シュウマの悲鳴も、プツンとテレビを切った時のように、途中で途切れてしまった。



 残された教官たちを包む、静寂。



「お、おい……今の子……」



「右手、完全に飲み込まれてたよね……」



「大丈夫、なのか……?」



 しばらくして、スタッフがザワつき始める。

 シュウマの真後ろで事の顛末てんまつを見ていた教官二人も、顔を見合わせていた。しかし、二人は何をするでもなく、ただ心配そうな面持ちでゲートの方に視線を投げることしかできずにいた。



 

 日本国に残された彼らにはもう、新入生たちがどうなったかを知るすべはない。

 もちろん、干渉する手立てもない。



 そう……ここからもう始まってしまったのだ。



 彼らの───裁切さばきりシュウマの、壮絶な異世界学園生活スクールライフが。

 

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