戻れない
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前編
「はい、今回の分」
「わぁ~ありがとうございます!健一郎さん、無理なさってないですか?何だか顔色が悪いような......」
汚い
「ついつい働き過ぎちゃったのかな。ぢゅふふふふ。エミリンに出会えるのが楽しみで仕方が無くって」
「まぁ、健一郎さんったら」
汚い汚い
「あっ、もうこんな時間だ。名残惜しいけどもう帰らないと......」
「も、もう!?休日なんだしもっとゆっくりしていけば良いじゃない」
「お気持ちはありがたいんですけど、今日は帰ります。私最近、将来のために料理を練習していて。お昼からお料理教室なんです」
「あぁ、それじゃあしょうがない。頑張ってお料理作ってね。ぢゅふふふふ」
さっきまでいたホテルから自宅まではそう遠くない。
郵便受けにパンパンになっているのを横目にエレベーターに乗る。
エレベーターから部屋まで大体15メートルほど。上京してきた当時は興奮のあまりこの狭い廊下を走り回っていたけれど今は足取りが重く感じてしまう。
玄関の扉ってこんなに重かったかな。朝帰りで疲れているだけか......
靴を脱いで直ぐに風呂場に向かう。必死に吐き気を我慢しながら。
「汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い」
スポンジで血が出るほど強くこすりつけて洗っても気持ち悪さと不快感は止まるそぶりを見せない。
身体の内部を全部洗い尽くしたい、汚れを落としたい。なんて出来もしないことを考えながら風呂場を後にした。
テレビをつけると、毒舌キャラのタレントが結婚報告をしていた。
普段の姿とは全く違う、幸せそうな笑顔を浮かべている姿に自然と嫉妬といらだちを覚えてしまう。
テレビで活躍して、言いたいこと全部言えて収入でも顔でも到底勝ち目の無い女に結婚まで先に越され。ほんと、ふざけないで欲しい
神様なんていないんだろうなぁ。いたとしても無能なやつなんだろうな.......
そんなことを思いながら意識が堕ちていった。
ピリリリピリリリ
携帯の電話音がなり、飛び起きた。
今何時だ、というか誰だ。
急いで携帯をとって画面を見る。幸い、寝落ちしてしまう前に充電はしていたようだ。
「優也かぁ~どうせ今日の締め日のことなんだろうな」
出ないという選択肢もあるけれど、それで優也の機嫌を損ねたくは無い。
「はい、もしもし」
「お前、今日金絶対に入れろよ」
「分かってる」
「今回ちょっと厳しいんだ。折角昇格出来たのに、ノルマも果たせないんじゃ笑われちまう」
「分かってるってば!だけど今回は私のために時間とってね。絶対だよ」
「あーはいはい、出来ればなぁ~」
そう言って電話が切れた。優也はいつも答えをはぐらかせる。
自分の都合は押しつけるくせに他人から頼まれるのは凄い嫌だからとか言ってたけど、改めて屑だなと思う。
出会い方が違っていれば、本当の恋人として優也の横にいたのかなとか思ったりするけど、そんなものは考えたって無駄だ。
今は午後六時。寝る前に時計を見たのが10時だから8時間寝てたわけか。
久々にこんなに寝たな。
っと、化粧しなきゃ。
テレビ見てても普段はすっぴんで何もしてないですぅとか言ってるやつが一番腹立つ。
何もしてないわけ無いだろうがっ 昔と全然顔違うの皆分かってるっつうの。
うん。今日はいっぱい寝たし、化粧のりも良くて良い感じ。
汗で化粧が崩れないよう気をつけないと。
タクシーを拾ってそのままホストクラブへと向かう。
夜が賑わう町ではホスト看板に照明がついて、顔がより際立っている。
それを見るとあぁ、優也はここまで大きくなったんだなと嬉しくなってしまう。
「お客さん、何か嬉しそうですね。何かありました?」
顔に出てしまっていたようだ。ただ、馬鹿正直に答えても引かれるだけ。
「あっ、顔に出てました?すみません。ちょっとこれから彼との約束があって...」
「おっ、良いですね。お客さん美人さんだから彼氏さんも幸せですねー」
うふふありがとうございますーと適当に答えておく。
私のお陰で優也は今の地位にいれるんだから、私の彼と言ってもおかしくは無い。
むしろ、それくらいで勘弁してやると言ってやりたい。
運転手さんに代金とお礼を告げ、ホストクラブに足を進める。
「おっ、エミちゃんいらっしゃい」
顔なじみのホストの廉君が声をかけてくれる。優也と仲が良いらしく私と優也、廉君とその客で何度か一緒にアフターに行ったこともある。
「優也、席で待ってるよ~」
「ありがとうー」
急いで優也の元へと向かう。今日は締め日と言うこともあって、どのホストも忙しそうだ。
「見て、あの人綺麗」
「モデルさんかな」
ふん、当たり前だろ。この顔になるまでどれくらいかかったと思ってんだ。
ってか、勝手に値定めみたいなことすんなよブス共。
「あっ優也~」
「ちっ、遅えんだよ」
「何言ってるの。開店して10分も経ってないよ」
「俺が待ってる時点でアウトだろ、ア!ウ!ト!!」
「ごめんねー。今日はシャンパン入れるから許してよ」
「当たり前だろ。さっさと入れろよ」
こいつ.....下手に出てたら良い気になって.......
はぁ。昔は優しかったな。お酒入れるのを強制せず、プレゼントもくれて風俗の仕事も紹介してこなかった。今はこんなんだけど。
「それでね、私がその女になんて言ったと思う?」
「知らねぇ」
「それはねぇ.....」
「優也さん、-------。ーーーーー」
「分かった」
黒服がやって来て優也に耳打ちをする。何よ、今良いとこだったのに。
「っじゃ、他呼ばれたから行ってくるわ」
「えっ、今日は一緒にいてくれるって言ったじゃん」
「はっ、だからいただろう?」
「30分位じゃん、全然少ないよ。ねぇ、何でよ。何で何で何で何で何で何で!!」
「気持ち悪い。急に叫ぶんじゃねぇよ。わがままなやつだな」
わが...まま?
優也のその言葉を聞いた瞬間、私の中の何かがプチンと切れた。
「わがままはどっちだよ!いつもいつもいつもいつもつも我は通すくせに私のちょっとしたお願いは全く聞いてくれなくて、暴言ばっかの最低屑野郎で誰のお陰でその地位に就けたと思ってんだ、あぁん?私だって好きで汚いジジイに抱かれてるわけじゃねぇんだよ。どうせ私のことは現金製造機としか思ってないんだろ、どうなんだよ」
「何だよ、突然切れやがって。お前のもんは俺のもんだろがっ!!稼ぎ増やそうとして何が悪い?誰のお陰でこの地位に就けただ?俺自身のお陰に決まってんだろう!!
調子乗ってんじゃねぇぞこのブス」
「うるせぇひょろカス」
「黙れメンヘラ女」
「と、とりあえず優也さん席に行って頂いても良いですか?」
黒服がおどおどしながら言う。空気読めや!!
「ちっ、お前のせいで気分最悪だわ」
「何だとこらぁ、待てこのクソ!はぁはぁ」
優也は別の席に行ってしまい、テーブルに1人だけとなってしまった。
本当にマジで何でこんな男に貢いでんだろう。人生やり直したい
もう、ホストクラブには来ない。縁を切る!!
頼んだ分はお酒飲んで今日は帰ろう。
死ねよガチで。害悪でしか無い。
「エミちゃーん」
1人シャンパンを胃に流し込んでいると、私のテーブルにやって来た。
大方騒ぎを聞きつけて、様子をうかがいに来たのだろう。
「優也がごめんね。あいつ、上から結構言われていつも以上にいらいらしちゃっててさ。だからエミちゃんに心ない言葉をぶつけてしまったんだと思う」
「機嫌が悪かった理由は分かったけど、それが暴言言って良い理由にはならなく無い!?誰のためにここに来てやってると思ってんだ!!」
「そうだよね、折角来て貰ってるのに。あいつはエミちゃんの大切さに気づいてないんだよ」
「ほんとよ。もう決めた。廉君には悪いけど私、もう来ない」
「ちょ、ちょっと待ってエミちゃん。あいつもつい言ってしまっただけだから、僕に免じて今日は大目に見て欲しい」
「ううん。私分かったの。自分で稼いだお金は、自分で使った方が良いって」
「あ、あいつも言ったことを後悔して後で絶対に来ると思うから、せめてそれまでは待ってくれない?もし来なかったらホスト卒業しても良いから」
何言ってんのこいつ、何で許可が必要なんだよと思ったけど、最後だし。
別れの挨拶くらいはしてやろうとは思う。チョロいな私。
「分かった。でも、廉君や黒服さんが呼びに行ったらダメだよ。あくまで自分の判断で来たらね」
「もちろんだよ。あっ、じゃそろそろ僕は自分の席に戻ろうかなぁ」
「行ってらっしゃい。私は待ってるから」
再び1人になってしまった。
こんなに騒がしいホストクラブでもう来ないとか思いながら1人さみしくお酒を飲んでいるのは私くらいだろう。
高っいお酒はいつも少しずつ飲むようにしているが、今日はなんだか肩の荷が下りた感じでどんどん飲めてしまう。
それにしてもホスト通い止めたら、何しよう~?
美容にもお金使いたいし、気になってたバッグも欲しいなぁ。
「おい」
今なら何でも出来る気がする。
普通がなんなのか分からないけど、今度こそ幸せになりたい。
「おいって」
「うん、何?って.......来たの」
「あのさ.......」
「何?ハッキリ言ってくんない?私、もうここには来ないから」
「悪かった!!」
「あぁ、うん。それじゃあさよなら」
「おい、俺が謝ったんだぞ。いい加減機嫌直せよ」
「今すっごく良い気分だけど?それに、今更感が凄くてちょっと呆れてる」
「今更感.....?」
困惑してそうな顔で聞いてくる。
さっきまではこんなところも含めて全部が好きだったのに、今は何も感じなくなってしまった。
「そそ。DV営業か知らないけどさ、店で女虐めて外では金稼ぐ道具として仕事を斡旋させて。そこで弱っているところに優しさ見せて依存させて。私だって分かってた。こんな男を好きになっちゃいけないって、一緒にいてはいけないって。でも離れなかった」
「何で......?」
「好きだったからに決まってるでしょ!あんたのことが!!!好きで好きでたまらなく好きで、愛してやまないから私も頑張れたし、側にいた」
「じゃっ、じゃあそれを今後も続けてくれよ」
「無理。もう好きじゃ無いからしいい加減もう分かったから。もう堪忍袋の緒が切れたって感じ。もうさよなら」
「何でだよ!!こっちが下出に出たらいい気になりやがって!!!」
優也に睨み付けられるがこちらも負けじとにらみ返し、数秒間の睨み合いの末私は微笑んだ。
「実はね、私ずっと待ってたの。もしかしたら昔の優しかった優也が戻ってくるかもしれないって」
「戻る。今度こそ優しくするから!だから.....!!」
「でももう待てないよ。もう無理。無理なの....................さよなら」
優也を一瞥して出口へと歩く。
もう目は合わせない。あの目を見ると、また許してしまうから。
「なぁんでだよ.....クソぉ.......」
優也の声が聞こえてくる。他の雑音に邪魔されて本当に消えてしまいそうだ。
「私の存在は貴方の中に少しでもあったのかな?それなら嬉しいな。さよなら大好きだった人」
「うわぁぁぁぁっぁぁ」
雄叫びが聞こえてくるけど絶対振り返らない。
私の顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃで凄く汚いけど今の自分は最高に美人だと思う。
貴方に出会えて幸せでした。
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