狐は舞う

狐人間

 ある日の朝。虎和と桜は茶を嗜んでいた。


「虎和さんの淹れたお茶って美味しいですよね~。すっごく和みます」


「和むのは桜様の異能のお陰だと思いますけど……まぁ、お茶には自信あるので」


 桜の異能は「和」だった。その字の通り、自分含め周囲の人々を和ませる事ができる。虎和は桜にこの力を使ってもらいながら一緒にお茶を飲むのが習慣になりつつあった。普段の疲れが吹っ飛ぶのだ。

 そんな平和な雰囲気が流れる部屋に、慌てた様子で一人の侍が入ってくる。


「二人とも、大変です! 近くの番所にゲホッゲホッ」


「大丈夫ですか⁉ とりあえずお茶でも飲んで落ち着いてください」


 そんなに慌てているのか、侍は喋る途中でせき込んだ。桜がお茶を渡すと、彼女の異能の効果もあって落ち着いたようだ。


「桜様、ありがとうございます。ですが、早くお逃げください!」


「そんなに慌てて、どうかしたのか?」


「実は、この近くの番所に怪しい奴が現れまして……。話によると、見た目は完全に妖魔なのに、『自分は妖魔じゃない』と主張しているそうです。いくら何でも怪しすぎます! 桜様、念のため早く逃げた方がよろしいかと」


 普通に考えれば、危機的な状況だ。だが虎和は、どこか意味ありげな表情を浮かべていた。


「……ちなみに、その妖魔の具体的な見た目は分かるか?」


「いや、そこまでは聞いていないな。でも、あからさまに妖魔の見た目らしい」


 それを聞いた虎和は、すぐさま立ち上がった。


「桜様、少し様子を見てきます」


「待って、私も着いて行って良いですか? 番所の周辺にはまだ行った事が無いし、その妖魔の事も少し気になるので……」


「ちょっと桜様⁉ 立場をわきまえてください! 流石に危険です!」


 侍は大慌てで桜を止めようとするが、虎和がそれをなだめた。


「大丈夫だ。その妖魔は多分、危険じゃないから。それじゃ桜様、行きましょう」


「はい!」

 

「いやちょっと! ……ったく、人の話聞けよォ!」


 嘆く侍には構わず、虎和と桜は関所へと向かった。


 ~~~


 番所は、藩に出入りする者の検問を行う場所である。人が往来する場所のため普段からそれなりに人通りはあるのだが、今日は異常な人だかりができていた。


「うわ~、すごい人ですね」


「そもそもこんなに沢山いる人を襲わない時点で、その妖魔には攻撃性が無いんでしょう。まぁ、十中八九大丈夫だとは思うんですが」


 虎和にはどうやら謎の自信があるようだった。

 人だかりを潜り抜けて、ようやく番所が見える位置に辿り着く。番所の門の前で口論する、三つの人影が見えた。


「だから、儂は危険な妖魔では無いんじゃ。人々に危害は加えんから、ここを通してもらえんか?」


「そうは言っても、お前完全に妖魔じゃないか! なんだ、人間に化けるのに失敗したのか!?」


 二人は刀を抜いた侍だった。そしてその二人に迫られていたのは、奇妙な者だった。

 人型の狐、とでも言うべきだろうか。全身から狐色の体毛が生えており、顔は人間と狐を足してニで割ったような見た目だ。朱色の着流しを着ており、腰には刀を差している。そして尻尾が七本生えていた。


 虎和はその姿を見て、確信した。


「だから儂は人間に化ける妖魔とは違うと……」


仙明せんめいさん!」


 虎和は群衆をかき分け、一目散に狐人間の元へ走り出した。


「ちょっと虎和さん!? 急に走り出してどうしたんですか⁉」


 普段落ち着いている虎和がいきなり走り出す姿など、桜は見たことが無かった。自らの身の危険など考えずに、桜は虎和の後を追った。


「おぉ、虎和か! 久しぶりじゃのう! 元気にしとったか?」


「はい。お陰様で、妖魔に負けずにいられてますよ!」


 虎和を見た狐人間は、我が子を見るかのような笑顔を浮かべた。そしてそのまま虎和と固い握手を交わす。


「あなたは桜様の家臣になった虎和さん……? それに桜様まで? この妖魔はお二人の知り合いなんですか?」


「虎和さん。その……妖魔? 人? は一体誰なんですか?」


「あぁ、紹介がまだでしたね。この人は真朱まそお仙明せんめい、俺の師匠です」


「仙明じゃ。儂は半妖の者での、こういう見た目をしておるんじゃ。よろしくの~」


 思いもよらない二人の関係に、その場にいた全員が驚愕した。

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