盗人の目
豆腐屋さんの困り事
「虎和さん、お昼を食べに行きましょう!」
紅床虎和が藩主の娘・桜の家臣になった翌日。虎和はいきなりそう言われたのだった。
「食べに行くってどこに? 昼食なら城の料理人が作ってくれるじゃないですか」
「町に行くんですよ町に! 美味しいお店があるんです!」
「でも桜様、最近は妖魔が増えてるからあまり外出するなと言われてるじゃないですか」
「その為の虎和さんでしょ?」
「……確かに」
虎和の家臣としての役目は、「桜を守る事」と「桜の願いを極力叶える事」の二つだ。つまりほぼ桜の私兵である。
「じゃ、行きましょ! 凄く美味しい料理屋があるんです。後悔はさせませんから!」
「二日目からこんな調子で大丈夫なのかな……」
桜は意外と好奇心旺盛でおてんばなのであった。
~~~
城下町は今日も沢山の町人で賑わっていた。桜が向かったその店も、例外ではなく繁盛している様子だった。
「豆腐屋
「ここの料理が凄く美味しいんです。ほら行きましょ!」
二人は店の中に入る。店内は人の声で溢れかえっていた。人混みに慣れていない虎和はにわかに目まいを覚えた。
「お久しぶりです、
「お、桜様いらっしゃい! どうぞこちらへ!」
桜が料理を振る舞っていた男に声をかける。男は気前よく二人を空いている席に案内した。
「豆太夫さん、こちら私の家臣になった虎和さんです」
「虎和です。よろしく」
「お、家臣様ですか。私は店主の豆太夫。最高の料理を振る舞いますよ!」
豆太夫は高らかに宣言すると、厨房へと向かった。それから少しして、豆太夫が料理を運んできた。
「さぁ、豆腐定食です! どうぞどうぞ!」
光を反射して白く輝く白米。油の乗った鮭。湯気の立つ味噌汁には豆腐と油揚げが入っており、ねぎと生姜で飾り付けられた冷奴は素朴ながらも存在感を放っている。
豆腐屋風斗の名物、豆腐定食だ。
「凄い、美味そう……!」
虎和と桜は手を合わせて、同時に食事に手を付ける。
「これは……美味い! 米の質も高いし、鮭の焼き加減も丁度良い。そして何より豆腐が美味い!」
「自家製の豆腐なんですよ! 滅茶苦茶にこだわってますよ~!」
この瞬間、虎和の人生での最も美味しかった食べ物は、昨日の城の飯から豆腐定食に更新された。
虎和と桜は豆太夫と話しながら、至高の飯をいただいた。
~~~
「成程、怪死事件のせいであまり外に出してもらえなかったと。でも、虎和様が元凶を倒してくださったお陰で、こうしてまたここに来られるようになったと。いや~、虎和様様ですね!」
つい先日まで町を騒がせていた怪死事件の顛末を聞いた豆太夫は、虎和を褒めちぎった。だが途中でふと我に返り、真剣な表情になって呟いた。
「……うーん、怪死事件を解決してしまうような虎和様になら、この事をお願いしても良いのだろうか? いや、でも桜様の家臣にそんな事を頼むなんて失礼が過ぎる……」
「豆太夫さん、どうかしました? 何か気になる事があるなら、聞かせてほしいです。こう見えて家臣になる前は妖魔退治をしていたので」
「あぁ、そうだったのですか! 実は最近、店のお金が盗まれる事があるんです。四日か五日に一回程、夜間にお金が盗まれているようなんです。それも、うちだけでなく周りの店でも。店が潰れる程では無いのですが、毎回無視できない程の額を盗っていくので困ってます……。実際、私の友人の店もそれで潰れてしまいました……」
期間を開けて何度も金を盗みに来るというのは、何とも奇妙な話だ。一回で多額を盗む方が、捕まる危険も少ないはずだ。
それをせずに少しずつ金をむしり盗っていくという事は、そうする事でじわじわと店主を苦しめてやりたいという妖魔の歪んだ思考の現れ……かもしれない。妖魔とは人が苦しむ姿を好むものだ。
だが、何度も色々な店に盗みに入っているにも関わらず、未だに捕まっていないという事は、やはり妖魔が特殊な力で姿を隠している可能性が高いだろう。
「それってつまり、この店も潰れちゃうかもしれないって事ですか⁉」
「このまま盗みが続けば、そうなってしまうかもしれません……」
「よし虎和さん、出番ですよ。この怪事件を解決しちゃってください!」
「え、俺が!?」
「そうよ。お願いします!」
桜の希望を叶える事も、虎和の使命の一つである。やはりほぼ彼女の私兵なのだ。
「……まぁ俺も、こんなに美味しい店が潰れるのは困ります。俺にできる範囲で調査してみますよ」
「虎和さん……! ありがとうございます! 豆腐十個ほどおまけしときますね!」
「いやそんなにはいりません」
二つ返事で承諾した虎和だったが、この時はまだ知らなかった。この事件の解決が恐ろしく難航するという事を……。
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