第60話 転生者三人

 アンナがループレヒト様に向きなおり、頭を下げる。


「閣下、私たちは亡命する立場であるのに、隠し立てをしてしまい申し訳ありません」

「謝罪は必要ありません。私がまだ役人として新人だった頃、地方に出ていたことがあり、転生者がどのような扱いを受けていたか知っております。身を守るためだと理解しておりますゆえ、気になさいますな」

「感謝いたします」


 ループレヒト様は初老を超えているような見た目で、五十歳近そうだ。

 先ほど、二十年ほど前から地方でも忌み子とされなくなったと話していた。つまり二十年以上前に地方を見て回ったことがあるのなら、忌み子とされる転生者を知っていても不思議ではない。

 偶然の出会いではあるが、亡命した先の長官がループレヒト様で良かった。

 転生者の立場を理解してくれ、皇帝陛下の意向を詳しく知っている。


「皇帝陛下の采配次第ではありますが、私の予想は港を作ることを頼まれる可能性が高い。しかし、転生者が三人もおられるのであれば、広大な土地を任せられるかもしれませんな」

「港だけではないということですか?」


 オレもアンナと同様の疑問を持った。

 港を作っている中に加わるのだと思っていたが、それ以外のことも任せられるのか?


「西の果てに現在は工事のため人が集まっておりますが、以前は流通の行き止まりとなっているため、人口が非常に少なかった地域。一帯をヴィント州というのですが……もしかしたらヴィント州を任されるかもしれません」

「州を丸ごと?」

「州の規模としてはヴァイスベルゲン王国とそう変わらないと思います」

「国規模……」


 絶句する。

 いや、大きすぎだろ。

 帝国が大国なのは知っていたが、地域の一つが国単位とは……。というかそんな広大な土地、任せられたとしても治めるのは無理だろう。イルゼやアンナに手伝ってもらったとしても難しい。


「閣下、そのような規模の土地を治めるのは私たちには不可能です」

「ヴィント州を現在治めている役人がおります。加えて、港の工事が進むと考えられるため、皇帝陛下が追加で人員を出しましょう。そう心配されることはありません」


 言われてみれば当然だが、ヴィント州を治めている役人は今も大勢いるのか。

 急にオレたちが運営に参加した結果、今治めている役人と軋轢を生みそうだな。いや、まだ州を任されると決まったわけではないのだし、そんなことまで考えても仕方がないか。


「アンナ伯爵閣下、これはあくまでも私の予想。皇帝陛下の采配次第であります。采配時に直答を許される状況になると予想できますゆえ、不安であれば直接尋ねて見ることです」

「承知いたしました。助言感謝いたします」


 アンナがループレヒト様に頭を下げる。

 覚悟もなしに皇帝陛下から直接聞いたら混乱していただろう。当たるかどうかわからない予想とはいえ、事前に話を聞いていれば対策は取れる。


 話の区切りがついたところで、先ほど部屋を出て行ったユッタと呼ばれた女性が戻ってきた。手には箱を持っており、中には皇帝陛下への書簡を出すために必要なものが入っているのだろうと予想できた。

 ループレヒト様がこちらに一言謝りを入れて、箱の中から紙を取り出した。


「皇帝陛下への書簡に魔法眼と生命眼について説明を書く予定でありますが、生命眼については聞いたことがなく。不勉強で申し訳ありませんが、詳しくお教えいただいても構いませんか?」

「承知いたしました」


 オレとアンナで生命眼について知っていることを話していく。

 生命眼については隠すことの方が少ない。生産に特化しているため、使い始めてしまうと隠そうと思っても隠せる種類の魔眼ではない。むしろ、隠さず大規模に使用した方が作物の収穫量が増大する。


「いや、勉強になりました。私もまだまだ勉強不足ですな」

「閣下が不勉強とは思えません。魔眼については知られていることよりも、知らないことが多いと存じ上げております」


 再び話の区切りがついたところで、ヴェリとモニカがエマヌエルに連れられて部屋の中に入ってきた。

 ループレヒト様の後ろでお付きをしている役人たちが二人を見て驚いた表情をしている。こちらが嘘をついているとは思っていなかったではあろうが、実際に揃うと驚きがあるのだろう。


 二人はアンナの座っている席の近くまでやってくる。二人ともこのような場所に慣れていないため、若干動きが挙動不審になっている。

 アンナが二人を紹介する。


「ループレヒト閣下、彼がヴェリ、彼女がモニカ」

「ヴェリです」

「モニカ」

「ループレヒト・フォン・ヘルブラオ。皇帝陛下よりゼーヴェルスを含めフロスト州の統治を拝命しております。ヴェリ殿、モニカ様、転生者が細かな作法が苦手なことは存じ上げておりますゆえ、言葉遣いなどは気にする必要はございませんよ」


 ヴェリとモニカは頷いた。

 ループレヒト様は意図的にであろう、柔らかい表情と口調でヴェリとモニカに話しかけている。二人ともループレヒト様の雰囲気もあり、多少は落ち着いたようだ。


「いやはや、本当に三人もいらっしゃるのですな」

「帝国の国土を考えると常に三人以上転生者がいそうですが、閣下でも転生者が三人揃っているのは珍しいのですか?」

「ええ、転生者は新大陸ならばまだしも、帝都でもそう見かけることはありませんので」


 国土が広ければ転生者が散らばっているのも当然だろう。しかし、やはり転生者は新大陸に行っている人が多いのだな。

 ループレヒト様はアンナから視線を外すと、オレたちの顔を見るように視線を動かした。


「おっと、失礼。ヴェリ殿、モニカ様、どうぞお座りください」

「二人とも座ってください」


 ヴェリとモニカが戸惑った様子のため、アンナが座るように指示を出した。

 幸いなことに用意された部屋は会議室であるため椅子は多くある。しかし、椅子の数が多いことで、逆にヴェリとモニカはどこに座ればいいのかわからないようで迷っている。

 エマヌエルとイルゼが椅子を引いて二人を座らせた。


「お二人の魔眼について皇帝陛下へと書簡を送るため、いくつか質問いたします。答えたくないことは無理にお答えする必要はありませんので、ご安心ください」


 ヴェリとモニカへの質問をオレとアンナが補助しながら話は進む。

 オレに対してもそうだが、ループレヒト様はヴェリとモニカに対して、丁寧すぎるほどに丁寧に対応している。

 転生者は魔物から転生してくる。元の魔物次第では凶暴な性格の場合もあるだろう。転生者を集めている帝国だからこそ、丁寧な対応は慣れた様子に思える。


 ループレヒト様からの質問はそう多くなく、すぐに質問は終わった。

 質問が終わると、皇帝陛下へと送るための紙に書き込み始める。少しの間沈黙が続き、書き上がった様子を見せた。その後、後ろに控えていたものたちと何事かを確認している。

 紙は豪華な封筒に入れられ、封蝋がなされシーリングスタンプがなされた。


「ユッタ、急ぎ帝都へ届けるように手配するように」

「承知いたしました」


 ループレヒト様が再びユッタと呼ばれる女性に指示を出した。

 彼女はループレヒト様の腹心なのだろうか? 年齢はオレとそう変わらなそうなのに、随分と優秀なようだ。見た目が紺色に近い青い髪であるため、オレでも一度で覚えられる。

 今更ながらに他のお付きの人を確認すると、あまり見たことのない髪の色をしていることに気づく。帝国に来てから出歩くこともなかったため知らなかったが、地球ではありえない色の髪を持った人が多いようだ。

 なんというか驚きである。

 帝国が多民族国家という意味がよくわかる光景だ。

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