見習い探偵は異世界(?)に迷い込む
おがわ
1話 0日目 探偵業から退職まで、あと30日
暮夜に差し掛かっても手を動かしていた。この仕事は嫌いではないが退屈だ。小説や新聞でよく見かける、事件をなんでも解決してしまう探偵に憧れていたものの、
実際自分が任されたのは資料整理の仕事だったのだから。
とある探偵事務所に七ヶ月前社長の勧誘で入社した。探偵事務所は二年前に社長が自営業で設立した会社で、今まで社員を集めたり利益を出したりと、大変だったそうだ。
しかし、最近では探偵として捜査を行っていた先輩が政治家の不正行為を特定し、新聞やニュースで大きく取り上げられたため、依頼が多数寄せられていた。
おかげ様で、事務所は大忙しだ。社長は、事務所が忙しいことが、嬉しいらしく、
周りに誇っていた。
そして、政治家の不正行為を特定し、今世間で話題になっている綾里先輩は、次々と依頼をこなしていた。
自分も探偵として公の場の場に立つことは許されないのだろうか。今もこうして資料整理をやっているのは嫌ではないが、どうしても退屈に感じる。
そしてふと、上を見上げると時計が事務所がしまる時間を指しかけていた。急いで片付けをして、社長に一言かけに行った。
「もう事務所閉めると思うんで帰りますね。」
「うん、お疲れ様。帰るとこ申し訳ないんだけどちょっといいかな?」
「あ、はい。」
そう言われると、社長室に案内された。やっと探偵の仕事をもらえるのではないかと、緊張している反面、クビになるのではないかと不安になった。
すると、社長が机から一つの資料を取り出した。
「これは、あるお客さんの依頼でね。最近活躍した綾里君でも解決できなかったんだ。そして、ぜひこの依頼を君にお願いしたい。」
「ほ、本当ですか!!ぜひ捜査させてください!!」
どうやら自分にも転機が来たようだ。今まで資料整理をやっていてよかったと思える日がやっと来た。
「ただ、約束付きでね。」
「約束、ってなんですか?」
少し空気が沈んだが、今の自分ならどんな約束も守れそうな気がした。ただそんな私が馬鹿だった。
「この依頼を一ヶ月以内に解決できなかったら、退職してくれ。」
言葉がでてこなかった。この依頼を一ヶ月以内で片付けるのは困難だ、というのは社長が一番よく分かっているはず。あの綾里先輩でも解決できなかったのだから。私はとりあえず机の上に置いてある資料を恐る恐る開けてみた。
すると、一枚の写真と人探しについて書いてある資料がでてきた。その写真には
二十代前半の綺麗な女性が写っていた。
「人探しの依頼でね。二十代前半くらいの男性からだよ。」
「と、とりあえず、その男性に話を伺っても?」
「資料に電話番号が書いてあるから、電話してみたらどうだい?」
「ご、後日連絡します。」
そう言われ資料に目を通した。しかし、情報が少なすぎた。そもそも一枚の紙に五行しか情報が書いていないことがおかしい。
通常は皆、絶対に見つけ出してほしいがために何枚もの資料に膨大な情報を書き込む。本人がよく通っていた飲食店から、よく使っていたペンの名前など、意味のなさそうなことまで記憶の隅々を辿って振り絞るのだ。
もう一つ、ボロボロになって今にも破けそうな写真が一枚だけ。黒髪の綺麗な女性が、ただ一人なにか遠くのものを見ている写真で、
どこか神秘的で自然と吸い込まれてしまいそうな、特別な力をもった何かがあった。
そして、たった一枚の資料に書いてる情報は、二十代、背丈は約一六〇センチほど、黒髪、子供が二人いること、そして名前不明。
書類には、この五つのことが改行して書かれているだけだ。
しかも、黒髪は写真を見れば分かるし、名前不明に関しては、情報にならない。ヒントは実質三つだ。二十代前半と身長と二人の子供がいるという、ほんの一部の家族構成だけ。
そこで、私は社長の意図に気づいた。きっと私の仕事ぶりに嫌気が差したのだろう。どうせ私はこの依頼を解決できないままクビになるだろうから、最後の一ヶ月を楽しめ、ということだろう。せめての悪足掻きとして。この御方も人が悪かった。
なにも考えず、私は資料を持って帰宅した。
家に着き、リビングのソファに寝転がる。書類とにらめっこしていると閃いた。
そういえばこの依頼に先輩が手を付けたんだったら、なにか分かったことがあるのではないだろうか。時計は十時を差し掛けていたが、善は急げということで早速電話してみた。
「あ、その夜分遅くにすみません。」
「ううん!全然大丈夫!どうしたの?」
綾里先輩は思ったより快く電話に出てくれた。
早速、事件のことについてよく聞いてみようと思う。
「その実は、黒髪の女性の人探しの件を任されまして、先輩が一度捜査したと聞いたので、何か知っていることは無いかなと、思いまして…」
「えーあんな難しい捜査任されちゃったんだ、社長も人が悪いね。で、知ってることだよね?」
「あ、はい!あればでいいんですけど…」
「一つだけだけどね。えっと確かね、『赤い薔薇』を探せ、とか言ってたよ。」
たった一つの手がかりが『赤い薔薇』__?
「『赤い薔薇』ですか?なんでですか?」
「そこなんだよ!理由を聞いても、説明が難しい、とか、とりあえず探してほしい。の一点張りでさー。まぁ、とりあえず赤い薔薇とやらを探した訳よ。でもこの辺に赤い薔薇なんてある訳もなく、結局は花屋にたどり着いちゃうんだよねー」
今先輩が言った、赤い薔薇の情報はきっと依頼者からのものだろう。
この事件がいかに難しいかを目の当たりにした。
「そうなんですか…大変でしたね。貴重な情報ありがとうございます!参考にします!」
「うん。全然大したことないって。それより頑張ってね。」
「…はい!」
最後、先輩は優しくそう言った後、「おやすみ」と声をかけ、向こうから電話をきった。
『赤い薔薇』か…。一体なんだろう。とりあえず明日は事務所へは行かず、依頼者に電話をかけてから、赤い薔薇を探そう。
ふと、ここまで来て疑問に思った。依頼者はこの写真の女性とどういう関係なんだろうか。名前を知らないなら家族でもないし、恋人でも友人でもない。赤の他人か?
しかし、よっぽどの事情でもある限り、それはあり得ない。なぜなら、赤の他人のために、わざわざ高いお金を払って捜索依頼を出すなんて、通常ではあまり考えられないことだからだ。
いや、もしくは、
実は名前を知っているが、なんらかの事情に
よって明言できない___?
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