第31話:愛してるよ、沙都希。
お店に最後の客がいなくなって 沙都希は床に落ちたお客さんの髪を掃除していた。
「お疲れ様・・・沙都希」
「ほい、これ」
「なに?」
「うそ・・・まじで?」
「俺はサプライズなんて面倒くさいことはやらないから」
「一応型通り・・・給料の何倍もしない安もんだけどな」
「炊事する時は外しといたほうがいいぞ、宝石の周りのメッキが剥がれるからな」
「嬉しい・・・祐、ありがとう」
沙都希は祐に抱きついた。
青い小さなケースの中で青いサファイヤが 輝いていた。
婚約指輪だった。
「こういうの憧れてたの・・・」
「沙都希・・・変わったな・・・いいふうにだけどな」
「最初、うちにきた時はギスギスしてたとこがあったけど、丸くなってずいぶん穏やかになったな」
「それ言わないで、恥ずかしくなるから・・・」
「祐のおかげだよ・・・こんなに素直になれたのは・・・」
「それに、もう世の中や誰かにビビりなが ら、生きていかなくていいもん」
「沙都希は、ずっとひとりでなんでも対処してきたから、いつもどこかで
気を張って生きてきたんだろう」
「でも、今の私には祐がいる」
「君が・・・祐が私を守ってくれるでし ょ」
「そうだな・・・」
「 沙都希・・・俺と出会えてよかったって思ってるか?」
「そんなこと聞かなくったって分かってるでしょ」
「祐と出会えてよかった、私にとっては祐が最後で最高の人だよ 」
「もう私はどこへも流されない」
「嵐の日も祐といっしょだよ・・・絶対、はぐれないから」
「沙都希・・・・おいで」
そう言って祐は沙都希をきつく抱きしめた。
ただ目を閉じて、この余韻に浸っていれば・・・祐も沙都も幸せだった。
「ね、祐の卒業記念・・・私が倒れたりしたから、まだだったでしょ? 」
「何か欲しいものない?」
「そうだな・・・俺が今、一番欲しいものは・・・」
「誰かさんのリップサービス・・・かな?」
「の〜こ〜なやつ」
沙都希は笑った。
そして何も言わず背伸びした。
祐は沙都希を抱きしめたまま優しく軽くキスした。
そして一度唇を離した。
沙都希はもう終わったのかと思って目を開けた。
すると祐は沙都希の目を見て
「愛してるよ」
って言った。
「そんなに見つめられたら照れるよ・・・」
そう言って沙都希は目をふせた。
祐はふせた沙都希のアゴを人差し指であげると 彼女の目を見つめたまま顔を近づけた。
そして唇と唇がかすかに触れ合うところでストップした。
焦らすみたいに・・・。
まるで猫のグルーミングみたいに・・・。
そして沙都希の首筋にキスした。
沙都希はドキドキした。
「祐ったら・・・なんかエロい・・」
沙都希が言い終わらないうちに祐は躊躇なく彼女の唇を奪った。
激しく・・・息が止まるくらい・・・。
沙都希が経験したことのない長いディープなキスだった。
祐は何度も何度も沙都希の唇を奪った。
キスと言うより愛撫だった。
沙都希はたまらなくなって祐を引き離した。
「ああ、んダメだよ・・・感じちゃう」
祐と離れたあとでも沙都希は肩で息をしていた。
そのまま祐に押し倒されるかと思った。
「満足?」
「今ので婚約指輪十分の一分くらいかな」
「あと9回分、預けとく・・・」
「まじで?」
「あんなのが、まだ9回も続くわけ?」
「だな・・・って言うか・・・たばこ臭かった」
「うそだよ・・・」
「ひどいっ・・・・もう吸ってないからね」
「分かってるって」
「もう・・・」
二人は抱き合ったまま、もう一度幸せを噛み締めた。
そして祐はもう一度言った。
「愛してるよ、沙都希・・・」
「私も・・・」
祐は「仕上げ」と言って また沙都希のおでこにチュってキスした。
「つーかさ、そのままソファーに押し倒そうかと思った」
「危なかったわ・・・俺に理性があってよかったな」
「私も思った・・・このまま押し倒されるんじゃないかって・・・」
「うそ、まじで? あ〜そのままやっちゃえばよかったかな」
「ソファーの上もいいな~・・・で全身リップサービスしてもらうとか・・・」
「エッチ・・・スケベ」
「ダメだよ、お店閉めてないんだか ら・・・」
「お客さんが入ってきたらどうするの」
「もう来ないよ」
するとお店のドアが開いて、ひとりのおばあさんが入ってきた。
「あの〜もう終わりかね・・・」
・・・お客さんのようだった。
沙都希と祐はびっくりして離れた・・・。
「あ〜びっくりした」
「いらっしゃいませ・・・」
祐と沙都希が同時に言った。
「いいのかね?」
「はい、どうぞ大丈夫ですよ」
祐がそう言ったから自分が対応するのかと 思ったら手を合わせて沙都希に
お客さんを押し付けた。
沙都希は、おばあさんに聞こえないよう小声で言った。
「ひきょうもの〜」
沙都希と祐はお互い顔を見合わせて笑った。
幸せのダブルスマイルって言うのかな。
この小さな店から、ふたりの新たな暮らしがはじまる。
そして黒の下地に薄いパープルで SATSUKIと書かれた看板が、
これからのふたりの明るい未来を照らしていた。
つづく。
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