15 聖女候補の娘は妬む …harmonia part

 ハルモニアは聖女エリュシアを敬愛している。

 だが、姉と慕うようになったのは三年前からだ。それまでは彼女を特別に意識したことはなかった。七年前から聖女に選ばれた五年前までの二年間、エリュシアが聖都せいとの教会を離れていたのもあり、疎遠だった。


 ふたりの関係を変えたのは三年前のある事件だ。


 森で修道女たちと一緒に木の実の収穫をしていたとき、ハルモニアだけがはぐれてしまったのだ。日が暮れはじめ、慌てて帰ろうとして崖から落ち、脚を負傷した。魔物に喰われるのだと泣き続けていたハルモニアを助けにきてくれたのがエリュシアだった。エリュシアは泥だらけになって底までおりてきて、折れた脚を癒してくれた。


 それから、ハルモニアにとってエリュシアは「お姉さま」になった。


 聖女として女神の祝福を授かり、誰からも愛され、頭もよくて紅茶を淹れるのもうまくて、なにもかもが完璧なお姉さま。

 そのうえ、皇子様と婚約を結んでいて。


「うらやましいなあ」


 朝から薬を造りながら、ハルモニアがつぶやいた。

 ハルモニアだって聖女候補ではあるが、女神の祝福を授かることはなく、かといってアルテミス司祭のような聖職者になるには勉強もできない。失敗続きで、昨晩もアルテミス司祭に叱られてしまった。家族だっていない。


 ハルモニアは産まれてすぐ教会の庭に捨てられた娘だった。親の愛を知っているエリュシアと違って、いちどだって愛されて、抱き締められたこともない。


「わたしだって、ひとつくらい」


 ため息をついたのがさきか、腕がことんと棚の薬つぼにあたる。棚から落ちて、つぼがこなごなに割れてしまった。


「た、大変」


 聖アカシアの樹液がつまったつぼだ。

 なかみがあふれだす。


「ど、どうしよう……そうだ」


 聖アカシアの樹液が採取できる聖なる木は聖都から程近い森にある。この頃は魔物か出没すると聴いたが、昼ならばだいじょうぶだろう。それに――もしかしたら、ミュトス皇子が捜しにきてくれるかもしれない。


 ミュトス皇子はハルモニアが失敗しても、叱らない。慈愛あふれる皇子様だから誰にでもそうなのだろうが、つい期待を寄せてしまう。


 樹液を集めるための荷造りをして、ハルモニアは誰にも知らせずにこっそりと教会を抜けだした。

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