13 聖女、奇襲される
聖女の奇蹟に救いをもとめるものは絶えることがない。ある時は兵の宿舎に赴き、遠征から帰還した兵の治療をし、またある時は教会からの施しということで民に奇跡を振りまいた。
公爵の幼い
今晩は花祭りだという。
娘たちは髪に、紳士たちは帽子に花を挿して踊りながら行進していた。誰もが弾けんばかりの笑顔で歌い、踊り、実に楽しそうだ。これだけ混雑していると聖女がいても、振りかえるものはいない。
教会にきてからは都の祭りにいったことはなかったが、幼いころは家族でよく祭りにきた。
懐かしく思いを馳せていると、後ろから腕をつかまれた。
「きゃっ」
抵抗むなしくはがい締めにされて、エリュシアは路地裏に連れこまれてしまった。
「この娘か」
「まちがいない、聖女様だ」
「あの、私になにか」
聖女の奇蹟を要するひとたちだろうか。それにしては乱暴が過ぎる。男たちはにやにやと笑いながら服をつかんできた。
「すぐに終わるからよ」
控えめな胸に男の手が伸び、エリュシアは男たちの狙いを理解して身を強張らせる。
「や、やめてください! このようなことをしては女神ロクスの神罰がくだりますよ」
声を張りあげて訴えるが、男たちはとまらなかった。
「女神様が
「あんたの純潔を奪えば、とんでもない額の報酬をもらえるんだ」
「貧しい俺たちを助けると想ってくれよ、ご慈悲のある聖女様ならよ」
聖女は処女を喪失すると、同時に女神ロクスの祝福を失うという。
ミュトス皇子と結婚しても、ゆくゆくは別のものを妃として迎え、御子を儲けてもらうことになる。これは聖女にかぎらず、司教や司祭等の聖職者全般に共通した掟で、生涯未婚を通すのが規則であった。
アルテミス司祭が親に捨てられた子等を実の娘として育てているのはそのためだ。
「やっ、いやああっ」
胸もとの
「なんだ、これ」
「傷痕か?」
途端に男たちがざわめきだす。
エリュシアの胸には先ほど貴族の嫡子からひき受けた
それほどの傷だ。惨たらしい聖痕が残っている。
「げ、酷いな」
「聖女のくせして、
「うつらないだろうな?」
吐きかけられた侮蔑にエリュシアは酷く傷ついた。喋りながらも男たちの手は肌を這いまわっている。
こわい。つらい、いやだ。こわい。
(助けて)
涙がひとつ。
黄金の眼からこぼれる。
(でも、誰が助けてくれるの?)
聖女は民を助けるもので、聖女を助けてくれるひとなんて――エリュシアの眼が絶
望に沈んだその時だ。
「違うね、
聖服の裾をまくりあげようとした男の手が、飛んだ。赤い彗星のような尾をひいて、斬られた腕がぼとりと落ちる。
燃えるような黄昏を受け、美しい男が
「キリエ――――」
だが、嗤っているのは唇だけ。眼は
「彼女はたまに憎らしくなるほどに綺麗な娘でね、どう穢してやろうかとおもっているところなんだよ」
彼は転がってきた男の腕を、革靴の底で踏みにじった。
「俺だけが彼女を
投げナイフが舞う。
旋廻するそれは異様な斬れ味で、逃げだそうとした男たちをつぎつぎと斬り裂いた。男の指が、耳が、腕が乱舞する。男たちは阿鼻叫喚して地に
「誰の命令かな?」
「た、たっ、助けてくれ」
男が息も絶え絶えに手を擦りあわせれば、キリエは冷酷な眼をして、男の手にナイフを突きたてた。
「ぎゃああぁっ」
「俺は誰の命令だと訊いたんだが、聴こえなかったのか?」
キリエはやれやれとあきれたようにため息をついた。男は泡を噴きながら懸命に声を張りあげる。
「サモス卿の娘だ! た、確か、イオアンナって――な、なあ、ちゃんと教えたぞ。助けてくれるんだよな?」
「あァ、いいよ、助けてあげよう」
キリエは微笑んで、安堵した男の喉を貫いた。
「あ」
ほかの男たちが「いやだ」「なんで」と絶叫する。
「助かっただろう? 楽に死ねて」
男たちはこの男には会話が通じないと理解して、聖女へと視線をむけた。
「聖女様、どうか助けてくださいっ」
「聖女様はご慈悲のある御方です」
「懺悔します。だから」
男たちの腕がエリュシアにむかって、伸ばされた。救いに群がる手。それでも、エリュシアは指のない血に濡れた手を取ろうとした――――
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