9 「かならず俺のものにするよ」…Kyrie part

 暗い森のなかで、男の絶叫があがった。

 男は木の枝から逆さ吊りにされて酷い拷問にさらされていた。聖女の馬車を横転させた刺客だ。あの場で命を絶たれることなく尋問、いや拷問のために捕縛されていたのだ。


「そうだなァ、もう一度だけ、助かる機会チャンスをやろうか。聖女暗殺を依頼したのは誰だ?」


 切り株に腰かけて投げナイフを弄んでいるキリエが男に尋ねる。


「し、知らない、俺はなにも知らないんだ。ただ、手紙を受け取っただけで」


「その手紙からは香のかおりがしなかったか?」


「え……し、した。確か、教会で嗅いだような」


「あたりだな」


 この刺客に暗殺を依頼したのとキリエに依頼したのは同一人物だ。端から解っていたことだが、これで確定した。だが、ほかに得られる情報はなさそうだ。


(もともとは好奇心だった)


 千を超える命を奪ってきた彼を、剣も毒もつかわずに殺した娘。


 せかいに愛される聖女サマというのがどんなものか確かめて、人類愛や神の理想を語るだけのつまらない愚者ならば、すぐに魂を奪ってやろうと考えていた。


 だが、違った。

 彼女は敏かった。神の愛などはないと理解して、傷つき、地獄を知りながら教会や民に喰いつぶされる犠牲いけにえだった。


 それでいて、胸を張って聖女として振る舞う彼女は強く、神に愛されていると称されるにふさわしい誇りを携えていた。


「たまらないな」


 キリエはこれまで、他人に関心を寄せたことがなかった。


 誰も彼もが結局は最後に死ぬだけの命だ。

 幼い時から暗殺者として育てられた彼からすれば、人の命も、食卓にあがる鶏の命も変わらなかった。関心を持つはずもない。


 だが、あの娘にだけは惹かれた。


 あるいはこれが、ひとのいう愛というものだろうか?


「な、なあ、あんた、暗殺者かなんかだろう?」


 唐突に刺客が声をかけてきた。


「あの娘を殺せたら報酬がたんまりもらえるんだ。金貨五百枚だぞ、信じられるか。俺を助けてくれたら、あんたに報酬の七割をやる。だから、一緒に――」


 刺客が最後まで喋ることはできなかった。

 刺客の喉に投げナイフが突き刺さる。動かなくなった刺客を冷酷に睨みつけ、キリエがつぶやいた。


「ほかの刺客やつなんかに渡すはずがないだろう?」


 キリエが指を弾く。刺客の亡骸がごうと燃えあがり、跡かたもなくなった。


「かならず、俺のものにするよ。教会から奪ってでも、ね」

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