第23話 《峻厳の山脈》のドラゴンたち②

「お母様、だいじょうぶだった?」

 キアラはルル妃を部屋まで送り届け、しばらくそばに付き添っていたのだ。ユズはキアラの部屋で待っていたのである。


「ああ、だいじょうぶだ。いつものことだ。母上は身体が弱いんだ。……ユズ」

 キアラはユズを抱き締めた。それからキスをして、そのままベッドにユズを押し倒した。

「ちょ、キアラ、待って!」

「え? だって、父上が子どもを作れと言ったでしょ。だから、ね?」

「だから、ね? じゃなくて、だってまだ」

「まだ?」

「……まだ、結婚してないもん」

「関係ないよ。ユズがそう言うなら、すぐに結婚式するよ」

「もうもう、そうじゃなくて!」

「だいじょうぶ、ユズ。好きだよ」

「あああん、もう! ――あ!」

「何?」

 ユズはがばっと起き上がって、言った。


「ねえ、もしかして、ここって、一夫多妻制なの?」

「うん、まあそうだね。ホワイトドラゴンの王は、慣例として、レッドドラゴン族、グリーンドラゴン族、ブルードラゴン族のそれぞれから妃を得るんだよ。子どもは多いほどいいから、それだけじゃないけどね」

「……キアラも妃がたくさんいるの?」

「いないよ。ユズだけだよ。妃はユズ一人だ」

「嘘」

「……まあ、妃候補はいるけどね。それは政治的なものだし。僕の妃はユズだけだよ」

「妃候補。ねえ、その子たち、かわいい?」

「ユズが一番かわいいよ」

「ああん、もう!」

「だから、気にしなくていいんだって。……ね?」

 キアラはユズにキスをして、もう一度ベッドに押し倒すと、耳元で囁いた。「僕にはユズだけだよ」

 そしてキアラがまたキスをしようとしたとき、ユズが言った。


「……ねえ。あたし、いろいろ聞きたいことがあるの。気になることもあるし」

 キアラはぷっと噴き出すと、「何? ユズ。何でも聞いて?」と言った。

「何で噴き出すの?」

「いや、なかなか甘い雰囲気にならないからさ」

「だってだって、それは!」

「うん、いいんだよ。で、何かな?」

 キアラはくすくす笑った。

「あのね、ハイブリッドは強いってどういうこと?」

「ああ、あれはね。長い話になるけど、聞いてくれる?」

「うん」


「ホワイトドラゴンは、レッドドラゴン、グリーンドラゴン、ブルードラゴンがうまく混ざり合ったときに生まれた種なんだ。最も力が強く、高い能力を持つ。ゆえに三つのドラゴン族の王となっているんだよ。ただし、僕みたいに、本物のホワイトドラゴンの姿で――つまり、白銀の姿で生まれて来るものはとても少ない。基本的にはホワイトドラゴンの王とは、白銀の姿のドラゴンのことなんだけど、歴史上、そうでないこともある。現に僕のきょうだいたちがそうだろう? 母親の色、そのままの姿だ。うまく混ざっていないんだよね」


「ああ、だから、キアラは末子なんだけど王太子で、王位が決まっているということ?」

「そう。力の強いものが王位に就く決まりなんだ。白銀の姿のドラゴンは強いんだよ。三つがうまく混ざり合っているんだ。でね、以前、人型がとれるのは王の血が入った者だけって話したじゃない?」

「うん」


「ホワイトドラゴンの王家はむろん、王の血筋なんだけど、長い歴史の中で、レッドドラゴン、グリーンドラゴン、ブルードラゴンのそれぞれの当主の家系と婚姻を結んだ結果、王の血筋はそれぞれの当主の家系にも広がったんだ。だから三色の当主の家の人間はだいたい人型になれる。……ときどきなれない者もいるけどね。それでね、ここからがだいじなことなんだけど」


 キアラはベッドから起き上がり、ユズも起き上がらせて、ユズの顔をじっと見つめると、言った。

「そんなふうに人型になれるドラゴンが増えると、人里に行き、そして人間に恋をするドラゴンも出てくるようになったんだ。そして判明したんだ。ドラゴンと人間のハイブリッドの子は、とんでもなく強い力を持つドラゴンとして生まれ落ちることが多いと。王の直系でなくても、時に白銀の姿で生まれるほど」


「――ああ、だから、王様はあんなふうに言ったのね」

「そう。今、ホワイトドラゴンの置かれた状況も――僕自身も、とても微妙で危ういところにある。だから、僕の子どもが力の強いドラゴンであったらいい、という願いが、父上にはあるんだ」

「……なるほど」

「だからね、ユズは責任重大なんだよね。早く子どもを作らないと、ね」

 キアラはユズの耳たぶを甘噛みした。

「きゃん! ちょ、ちょっと待って」

「うん――」

「だめだめ! まだ言いたいことがあるの! あたし、あのとき、あの謁見の間で、黒い渦みたいなものを感じたの」


「黒い渦?」

 キアラは急に真面目な顔になって、美しい眉間に皺を寄せた。

「うん。黒い、怨念みたいな? 誰かの、恨みのようなもの」

「なるほど――」


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