君の体温で

てゆ

第一話 ふれあい

 ――熱は、人から正常な判断力を奪う。


蕾花らいかする度に、思うんだ。蕾花が女の子で良かったなあ、って」

「どうして?」

 汗ばんだ髪を撫でながら訊いてみる。

「だって、普通の男女のこういうことではさ、バカみたいに腰を振ったり、妊娠の心配をしたりしないといけないんでしょ?」

「……の?」

 知花ちかは焦って首を振った。

「ごめんごめん、変な意味で言ったわけじゃないんだよ」

「いやいや、気にしてないよ。むしろ……」

 耳にかかった髪の毛を、そっと手でよける。赤くなったその耳に唇を近づけて、私は囁いた。

「……女の子同士でこういうことをすることが、異常だとわかっているのに、ここに来てくれてるんだと思うと、すっごく興奮する」


「私、人がこういうことをする理由は、単に気持ち良くなるためだけじゃないと思うんだよね。少なくとも私は、別の理由で、蕾花とこういうことをしてる」

「息もこんなに湿っぽくなってるのに、ずいぶんと余裕そうだね?」

「いいから、聞いて。大切なことだから、ハッキリさせておきたくて、前から言おうと思ってたんだけど……私は、『どんなに恥ずかしい姿をしている私でも、蕾花は受け入れてくれるんだ』って確認して、安心したいから、こういうことをしてるよ」

 知花のこういう真面目なところ、かわいくて好きだなあ、なんて思いながら、ちょっと意地悪をしてみた。

「じゃあさ、見ててあげるから、そこでいっぱい恥ずかしいことしてよ」

「やーだーよっ!」

 そう言って、私の肩を思いっ切り押した知花。あれはきっと、知花なりの全力だったのだろうけど、やっぱり、私の体を押し倒せるほどではない。そんなところが、また愛おしくて、私はバレないように自分から倒れた。

「蕾花ばっかり、ズルい。私にも見せてよ……蕾花の、恥ずかしい姿」

 去勢や避妊をしていない犬は、発情期になると、色々なものに発情して腰を振り始めるらしい。……実際に見たことはないから、確かじゃないけど、その姿はきっと、エッチをしている時の知花に似ていると思う。

「いいけど……本当にできる?」

 そんな幼稚な煽り文句で、知花の性欲には火がつく。眼鏡をかけて澄ましている普段の理性的な知花と、慣れないコンタクトをつけて、華奢な白い裸を火照らせている知花とは、まるで別人ようだ。


「……うっ。知花、ちょっと痛い」

「ごめんごめん」

 一応はそう言う知花だけど、その指が止まることはない。眼鏡をかけている時よりも童顔に見える、その顔に滲む汗を、ベッドサイドランプが照らしている。

「ねえ知花、『愛してる』って言って」

 ディープキスの短いインターバルに、そんなお願いをしてみる。

「はいはい、愛してるよ」

「じゃあ……どれくらい?」

「いなくなったら、死んじゃうくらいかな」

 私の襟足を指でいじりながら、真顔でそう答えた知花。

「……私のお母さんも、よくそんなことを言うよ」

「そうなの? でも、それを言うなら、蕾花だって、私のお母さんと同じ『女』だよ」

 知花は私の体を押し倒した。今度は、私から倒れたのではなく、本当に押し倒されたんだ。


「……蕾花、恥ずかしい?」

「知花の前だから、恥ずかしくないかな」

「えー、つまんない」

 下半身に手を這わせて、胸をこすり合わせて、耳を甘く舐めて、脚を絡める知花。余裕を装うのも、そろそろ厳しくなってくる中、私は、ぼんやりとした頭で願っていた。さっきの憎しみの籠もった眼差しが、私に向けられたものじゃありませんように、と。


 お互いの体の火照りが収まるまで、あのまま交わり合った私と蕾花は、体中に染みついた汗をシャワーで流してから、一緒にお風呂に入っていた。

「蕾花はさ、高校を卒業したらどうするの?」

「奨学金を貰って、冷泉れいぜい大学の経営学部に行こうと思うよ」

 実を言うと私は、今この瞬間も、知花の温もりを感じていたかった。だけど、あんまり大胆に触ると、底なし性欲の変態野郎だと思われるので、二の腕をプニプニとつまむくらいに抑えておいた。

「冷泉、か。確か難関大学だよね?」

「うん、そう言われてるね」

 無言で俯く知花。その視線は、青いあざのある知花自身の太ももに向かっている。その様子を見て、私は悟った。知花が私と同じ冷泉大学に進むことはない、と。そしてその理由も……なんとなく、見当がついていた。

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