遠距離恋愛、時差14時間

常和あん

第1話 成田発トロント行き


12月22日 成田空港 夕方


菜々子は、カナダ・トロント行きの飛行機に乗り込んだ。


窓際の自分の席番号を見つけ、空港の売店で買ったお土産がたくさん入った大きな紙袋を上の荷物棚へ入れ、狭い通路で次から次へと乗り込んでくる人たちに急かされるように席についた。


残りの手荷物を座席の下に置いて、脱いだコートをブランケット代わりに体にまき、12時間の長旅に備える準備を整えた。


落ち着いたところで、ようやく一息ついて小さな窓から外を眺めることができた。


太陽は完全に姿を消したようで、外はすでに真っ暗だった。


滑走路に沿って配置された色とりどりのライトが幻想的に光っている。


ざわざわと混雑している機内に、予定時刻の17時ちょうどに離陸できそうだというアナウンスが英語、次いでフランス語、そして日本人クルーに代わって日本語の順で流れた。


スマートフォンを取り出して、チャットアプリの画面を開く。


—— not delay. will arrive on time.

(遅れなし。予定時刻に着くよ)


英文だと漢字に変換する手間がいらないので、打ったそばからすぐ送信できる。


送信完了だけは確認しようと画面を見ていたら、一秒も経たないうちに既読のマークがついた。


菜々子が、あれっ、と思っている間に返信のメッセージがディスプレイに表示された。


—— okay. see you very soon.

(了解。もうすぐ会えるね)


送信者の名前はカン・ソングク。


菜々子の口元は自然と綻んだ。


日本から見て地球の裏側にあるトロントは、日付変更線を越えてマイナス14時間の時差がある。


トロントの今は夜中の3時前のはず。


ソングクはやっぱりまだ起きてたんだ。


昨日、テレビ電話で話したときに、飛行機に遅れがないかどうかだけメッセージいれとくから寝てていいよ、と伝えていたのに、彼の性格では寝て待つことなどできなかったようだ。


ソングクがスマートフォンを片手に、安心してベッドに向かう姿が目に浮かぶ。


菜々子はハートの絵文字だけを送信して、設定を機内モードに切り替えた。


飛行機のエンジンも大きな音になって、離陸のときが近付いてきた。


このエンジン音が、菜々子に10ヶ月前のことを思い出させた。


あのとき、留学を終えてトロントから日本へ帰る飛行機のなかでは、涙を堪えるのに精一杯だった。


そのときとは正反対に、今は喜びで迅る気持ちが抑えられない。


12時間後には、ソングクに会える。


can't wait to see you.

(会うのが待ちきれないよ)


この飛行機のチケットを買った日から、テレビ電話で顔を合わせるたびに繰り返し言っていたソングクの顔が思い浮かぶ。


菜々子は、もうすぐ会えるよ、と心の中で呟いて離陸のときを待った。

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