付喪神の執行人

おとも1895

付喪神の執行人

 道具と、人間の関係性は刻一刻と変化している、と感じる。

 例えば、今はもうガラケーは古臭いものとなっていて、代わりにスマートフォンが流通している。


 人はより便利な方を求める。

 古い世代ではできなかったことを、新しい世代に求める。


 で、それで古い世代のそれらはいったいどうなってしまう? 

 回答を提示しよう。

 必要無くなったからもういらない、と処分される。



(処分、か。そう簡単に捨てれるものではないんだけどな)

 


 黒髪の、飾り気のない日本人らしい顔立ちの男が心の中でそう呟いた。

 見た目は二十代後半か、三十代に差し掛かったところだろうか。



「何を黄昏ているのです? 次のお客様がいらっしゃいましたよ」



 何もないところから、そんな声がした。

 虚空から声が聞こえたように感じさせられたが、男が目線を落としたのは今どき見ることもなくなり始めた旧世代のスマホだった。


 使い込まれているのか、手垢や指紋がこびりついてしまっていた。



「ありがとうな教えてくれて」


 

 明らかに、スマホの発する声出はないそれに、しかし冷静に男は返事をした。

 いつも通りだ、とそうでもいうかのように。



今回の客は?・・・・・・


「七年ほど前に発売された、量産型の扇風機ですね」



 そうか、と言って男は立ち上がった。

 そうして、その扇風機の前にまで行くとどすんと太々しく座り込んだ。

 当然、その扇風機は動くことはなかった。


 しかし、男はそんなこと気にしないと言ったふうに扇風機に向かって声をかける。



「あんた、タイプA30型なのか。あれは壊れやすいから、ここまで現存しているとは思わなかったぜ」

「……驚いたっす。ここの店主が俺たち付喪神と話せるって噂は本当だったんすね」



 フッと、男は笑って軽くその扇風機をチョップした。

 ゴツン、と音がしてそれの首が下がった。



「痛っ! 何するんすかいきなり!」

「いや、噂なんて流しやがったやつにちょっと腹が立ってな。で、ここにきたってことは廃棄覚悟ってことでいいか?」



 その建物の玄関口には、こう書いてあった。

 《旧世代の物処分します》。


 まさか、男が商売を始めた時はこんなバカみたいな看板で人が来てくれるとは思ってもいなかったけれど。

 さすがはど田舎、とその土地に感謝する。



「廃棄……やっぱりそうなるっすよね」

「そうでもないと、俺は仕事にならないからな。……まぁ、なんだ。あんたの思い出を聞く架け橋くらいにはなってやるよ」


「本当っすか?」

「そうでもなきゃ、こんな能力必要ねぇよ」



 男は、慣れたように淡々と仕事をこなしていく。



「……俺が買われたのは、7年前だったっす。この機種は壊れやすいからすぐに生産ストップがかかったのは知ってるっすよね」

「知ってるよ。それで大量に廃棄される事件が起こったのも知ってる」



 なんせ、お前なんかより長年生きている大先輩だからな、と男は冗談交じりにそういった。

 扇風機も苦笑したようだった。



「俺でも俺を買ってくれた人間は俺を廃棄しないでずっと使っていてくれたんすよ。それこそ、人間が新しく壊れにくい種類の上位互換的なものを作り出しても。真夏になったら、彼らは俺を使ってくれたっす。それが嬉しくて俺は、この七年間頑張ったんすよ」



 それも、今日で終わりっすけどね、と扇風機は悲しげな声を出していった。

 なるほど、確かに要所要所が劣化し、剥がれ落ちて。

 風を送るプロペラが一本割れてしまっていた。



「七年間。機械としては頑張った方だな」

「そうっすよ。いやぁ、あの二人に使われている間はずっと頑張っていられたっすね」



 今となってはもう懐かしいのか。

 壊れてしまって、それから今年は一度も使われないままゴミとして捨てられるようになってしまったから。


 人間に言い換えれば、慣れ親しんだ会社を首にさせられたのと変わらないのではないだろうか、と男は思う。



(この扇風機の差出人は……あぁ、あの爺さん婆さんか)



 度々、この場所に来てくれていたから男は彼らを覚えていた。



「あの人たちは、ここを通るたびにまだこの機械は使えるだろうにっていう人たちだったからな。あんたが大切にされいたのが目に浮かぶよ」

「本当っすか?」



「あぁ。それにあんたよりも新世代のまだ動く扇風機が捨てられていた時も、うちには最高の扇風機があるからな、なんて冗談めかして言ってたぞ。よかったな」

「はい、よかったっす。俺は、あの人たちの役に立てていたんっすね。よかったっす……」

 


 ホッと息を吐くような____実際には息をつく器官がないのだが____仕草をしたのだろう。

 雰囲気がそんな感じを帯びているな、と男は苦笑する。



「さて、それじゃぁ廃棄のお時間だ」

「了解っす。……あの二人に出会ったらこうでも言っておいてくださいよ。今まで使ってくれてありがとうって」




 暗転。




「あの子は何か言っていたかい?」



 老人が、唐突に男に声尾をかけてきた。

 男は一度、なんのことかわからずにきょとんとしたが、すぐに、あぁと手を打った。



「扇風機のことですね」

「あぁ、その子は何年も酷使してしまったからねぇ。いい加減にしろ、なんて思われていなければいいのじゃが……」



 男は軽く笑みを顔に浮かべた。



「大丈夫。あいつは、今まで使ってくれてありがとうって言ってましたよ。あなたにはとてもとても感謝していました」

「君も相変わらず、話してくれるところ優しいのう」



 そんなことはないですよ、と男は苦笑していって。

 老人にそういえば、と別の質問を問う。



「どうしてあの扇風機を捨てられたんですか?」

「何を言っておるんだね君は。動かなくなってしまったから、に決まっているじゃないか」



 普通はそうなのだろう、と男は思った。

 少なくとも一般家庭だったのなら。


 しかし、この老人は他とは違う。

 今まで交流してきた中で、男はそう感じていた。



「動かなくなったから、って言ってますけどあれは」



 別に、去年悪くなった訳じゃないですよね、と男は言う。

 扇風機の劣化具合から判断した男の独断だったが、それに老人はハッハッハという大きな笑いを返した。



「君には勝てないねぇ」

「……」


「実はあれは2年前に壊れたものだったんじゃよ。壊れてしまったんじゃがな、愛着というかなんというか……とにかくあれをわしは捨てることができなかった。だから去年はずっと押入れの中にしまってあげていたんだ。でもね、」



 今年は捨ててあげなければいけなくなったんだ、と老人は語る。



「婆さんが、春に逝っちまったんじゃよ」



 男はあぁ、と遠い目をした。

 最近この老人しか見なかったのはそのせいなのかと自分自身で納得しているふうでもあった。



「あれに一番愛着を沸かせていたのは婆さんだったからのぅ。婆さんが逝ってしまったのに、あいつだけここに残しておきたくなかったんじゃよ」

「……それは、失礼なことをお聞きしました」


「いやいや、いいんじゃよ。この歳にもなると、天国が近場に感じられるしのぅ」



 それはなんという皮肉な、と男はどう答えていいのかと迷った。

 老人はしかしそれをまったく気にはしないようで思い出に耽っていた。



「それに、わしが死んじまったらあいつをお願いしますって言える人間は誰もいなくなるじゃろう?」

「まぁ、確かに」

「あんたが早々にあいつを丁寧に処分してくれて助かったわい」



 老人は空を見上げながら言う。



(待ってて欲しかったのか。あいつを、置いていきたくはなかったのか)



 まったく、今日も道具にまでお人好しな老人だと男は彼を見ながら、聞こえないように呟いた。



「それは、あんたが言えることじゃないじゃろう?」

 


 まさかの聞こえているようだった。

 男は、身に覚えがないわけではなかったので苦笑いを返して、肩をすくめた。


 




 それから数か月後の話だったか。

 その老人が、幸せそうに眠りについたという話を聞いた。




「あなたは、あの老人と同じように生きれると思いますか?」

 


 古ぼけた携帯が男にそういって、男はその小さな体に目線を落とした。

 少し前に死んでしまった老人のことを思い出して、男は言う。




「俺はあそこまで優しくはなれないさ。せいぜい、処分される前の恐怖を付喪神から取り除いてやることしかできないよ」

 

 それがあなたの優しさではないのか、と古ぼけた携帯は言わなかった。

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