第26話 順調だけど……

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 第26話 順調だけど……

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 秋になり、ジンさんとラムさんの馬王造りもかなり品質が安定してきた。

 現在、馬王は二人で毎日一樽を仕込んでいる。

 馬王の生産工程は、いくつかある。


 ・蒸し工程 : 馬麦を蒸す ・・・ 蒸しあがりの弾力が重要


 ・積層工程 : 蒸した馬麦五センチメートル毎に酒麹を蒔く ・・・ 積層の厚みと均一化が重要


 ・初期攪拌 : 初期発酵を促す攪拌 ・・・ 繊細な攪拌が求められる


 ・重攪拌 : 本発酵を促す攪拌 ・・・ とにかく混ぜろ


 二人はくっきりと得手不得手が分かれた。だから、ある程度の分業を提案してみたんだ。

 ジンさんは器用になんでもこなすので、蒸しあがりの弾力の確認と、初期攪拌を行う。

 ラムさんは力仕事が得意なので重攪拌をメインに行う。

 その他は二人で協力して行うことにしたのだ。

 俺は五日に一度仕込み樽(五斗樽)一樽分を仕込む。俺だけだと年間七十二樽になる。今のところ全部特級酒だ。

 ジンさんとラムさんは年間三百六十樽を仕込むことになる。

 最初は二級酒が八割、一級酒が二割だったが、最近は半々くらいになっている。

 ただ、一樽だけ特級酒ができた。この一樽が出来た時は、二人は抱き合って大喜びしていた。

 生産はそれなりに様になってきたけど、特級酒がせめて三割くらいはほしいところだ。

 まだ一年もたってないから仕方がないか。これだけできているほうが上々と思おう。


 そんなある日、俺に弟ができた! まん丸の顔をした赤ら顔の弟だ。

「オギャーッオギャーッオンギャッ」

「はいはい。お腹が空いたのかな。ウフフフ」

 お母さんはあの頃と違ってしっかり食べている。おかげで乳の出は悪くないようだ。あの頃は本当にお腹が空いて死ぬかと思ったけど、弟にはそんな思いをさせることがなくてよかった。

 弟の名前はジークヴァルト。ジークヴァルトがいると、屋敷の中が明るくなったようだ。

 お母さんもお父様も使用人たちも総出でジークヴァルトを構ってしまう。

「旦那様。ライトスター侯爵家からお使者様がお越しです」

「ああ、分かった。ジークヴァルト、またあとでなー」

 ライトスター侯爵家と聞いた瞬間、お父様の表情が凍りついたようなものになった。ライトスター侯爵といえば、御屋形様が隠居して息子のバドラスが当主をしていると聞いている。

 その代替わりの余波で俺とお母さんは、お父様に引き取ってもらえたのだ。

 そのライトスター侯爵家の使者がなんの用でうちにやってきたんだろうか。気になる。

 こそっと角から使者の顔を確認した。見覚えのある顔だ。たしか、ペルニーアとかいうバドラスの腰ぎんちゃくだったはず。何度か厭味を言われたことがある。

 何を話しているのか気になるが、さすがに執務室を覗くことはできない。

 十五分ほどでペルニーアは出てきたが、明らかに機嫌が悪かった。

 俺は執務室をノックした。

「お父様……」

「……トーマか。どうしたのだ? 入っておいで」

 ドアの隙間からお父様を窺うと、手招きされた。

「あの、使者は……」

「ああ、使者な。大したことではない。それよりも今日は酒蔵にいかないのか?」

 いつものように優しい声だが、何か憂いがあるような感じだ。

「酒蔵にはいきますけど……俺のせいですか?」

「何を言っているんだ、トーマがどんな悪いことをしたというのだ? ライトスター家のことはトーマに関係ないことだ。気にしなくていい」

「………」

 俺やお母さんに関係ないことで、ライトスター侯爵が何か言ってくるとは思えない。無理難題を言われている気がするんだ。

「本当になんでもない。ほら、いっておいで」

「……はい」

 無理難題をふっかけられていても、俺のような子供に言うわけないか。お父様が無理をしないことを願うばかりだ。


 酒蔵で酒を仕込み、重攪拌を行う。

「おいトーマ。これでいいのか?」

 声の主はベンだ。彼は重攪拌要員としてとても重宝している。今日は蒸し行程があったからダンジョン探索は休んだけど、ここ最近は重攪拌をしてからダンジョンに入ることが多くなっている。

「トーマ様。出来上がった馬王を確認してもらえますか」

「はーい」

 ジンさんに呼ばれ、そちらへいく。

 酒蔵は旧坑道の三カ所を使っているけど、俺がそのうちの一カ所を使っている。残りの二カ所でジンさんとラムさんの馬王を仕込んでいる。

 酒樽にはいつ仕込んだのか、ちゃんと明記してある。四十五日前に仕込んだ酒樽から、ラムさんが大きな蓋を取る。

 大人はそのまま覗き込めるが、俺はまだ背が低いので脚立の上に乗って覗く。

 ―――変換・情報閲覧!

 惜しいな、アルコール度が五十一パーセントだ。味には問題がないから、アルコール度が五十五パーセントあれば、特級酒に指定できたのに。

「もう少しで特級酒に指定になるくらい、いい出来ですよ。本当にもう少しなので日々の研鑽を怠らないようにしてください」

「「ありがとうございます」」

 ここまでにくるのに、まさに血の滲むような努力をしている。俺は二人が必死に努力しているのを見てきたから、この結果は当然なんだと思っている。


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