とある国の王子 田中の話

 やぁやぁ、皆様はじめまして!

 私、とある国で王子をしています、エルフの田中と申します!!


 え?どっかの国の王子がこんなとこにいるわけない?

 エルフって種族は耳が尖ってるはず?

 田中って日本人名じゃんって?


 まぁまぁまぁ、皆様はこの場に【本当】を求めにやってきたんですか?

 それとも【楽しむための嘘】(エンタメ)を求めてやってきたんですか?

 それによっては、私の見え方も変わってきますねぇ。


 そうそう。【見る】で言えばこんな話がありましてね。




 友人から聞いた話なんですが、友人が旧友Aと久々に飲みに行った時に聞いたそうです。


 はじめはビールとおつまみで飲んでいたが、段々と落ち着いてきて、梅酒をちびちびしだした時にAがふと話しだした。




 Aは、とある掃除会社に勤めていた。

 その掃除会社は、企業から依頼を受けてオフィスビルの廊下や窓、エレベーターなどを掃除する。

 大企業なら、リスク管理から自前で用意しそうなものだが、やはり金がかかるもの。

 中小企業やちょっと怪しげなビルの掃除なんかの依頼も来るようで、仲間内でも「今日はハズレ」なんて言い合いながら仕事をしていた。

 仕事は、基本的に2人一組でペアを組んで行う。1日2、3件ハシゴをする。給料はそれなりである。

 Aのペアは、少し年上の先輩だった。

 ある日、先輩が今日の仕事の書かれたプリントを見ながらため息をついた。


「今日は◯◯ビルか……」


 Aは、◯◯ビルという名前に聞き覚えがなく、先輩に尋ねた。


「新規っすか?俺、行ったことねぇかも」

「あ〜、新規ではなくて……3、4ヶ月に1回ぐらい行くとこだ」

「へー」


 そんな話をしながら掃除道具などを車に積み、1件目からいつもの様に仕事をする。


 午後になり、さぁ件のビルで今日はラストと車を走らせた。


 道中先輩が

「あのビルちょっと暗いし、変わってるんだよ」

 と言っていた。


 ついてみれば、ちょっと古めかしいが普通のビルだった。

 Aは、もう一度仕事内容を振り返る。


 依頼主は2階に入っている会社。

 2階の廊下と2階までの階段の掃除。それと廊下の窓。

 エレベーターを使っていい。


 となっていた。


 エレベーターを使っていいなんていい依頼主じゃないかと思う。

 場所によっては5階の掃除なのに階段を使用しろという所もある。


 そんなことを考えながら、用具を持ちエレベーターに乗り込む。


 チン、と軽やかな音とともに扉が開く。

 直ぐに目に飛び込んできたのは壁に貼られた「足元注意」の張り紙だった。


 なんだ?と思い、廊下を眺める。特に変わった様子はない。


 なるほどちょっと変わってるってこの事かと納得する。


 先輩は窓拭き、俺は廊下のモップ掛けをして、帰りに階段を掃除しながら降りようと軽く打ち合わせをして掃除を始める。


 廊下の突き当たりの窓は埋め込み式のため、内側からしか掃除出来ないし、廊下もワイドモップで掃除すれば3往復ぐらいで終わってしまう。二度掛けしたって6往復だ。


 なんだ、楽な仕事じゃないか、とモップをかける。


 キュッキュと自分の靴音が響く。


 あと一往復で終わりというところまで来た時だった。


 自分の足音以外にもずる、ずる、と何かを引きずる音が聞こえる気がした。


 なんの音だ?と足を止めて周りを見回すが特になにも見当たらない。


 気の所為かと再び歩き出すとやはり、ずる、ずる、と何かを引きずる音がする。

 遠くからではない、意外と近くから聞こえるその音にゾワリと背筋が寒くなる。


 自分が歩けば音がする。

 段々と音がする距離が自分に近づいてくる。


 ゆっくり歩いたほうがいいのか、走り抜けたほうがいいのかわからなくなり、半ばパニックになりながらUターンをしようと先輩が掃除する窓の前まで来た時だった。


 先輩は掃除が終わったようで片付けをしていたが、俺が近づいても顔を上げない。


「せ、先輩」


 先輩は、声をかけても黙々と片付けをする。

 床を見ながら。


「帰るぞ」


 突然先輩はそう言うと廊下を走り出す。


 よくわからないが慌てて追いかける。

 キュッキュという2人分の足音と共にズルズルという音もついてくる。


 転がり落ちる様に階段を駆け下り、車まで走る。

 音は2階の廊下を抜けたあたりでしなくなっていたが、それに気づける余裕などなかった。


 車の陰に入り、息を整えながら先輩に聞く。


「あれ!なんすか!!」

「……」

「ズルズル音立てて付いてきてた……もういないっすよね?」

「あ?あぁ、あれは2階の廊下にしか出ない」

「え?そうなんすか?もぅ!びびったぁ、先に言ってくださいよー」


 もう脅威はないと安心して先輩の方を見ると真っ青な顔をしていた。


「せ、せんぱい?」

「お前、見たか?」

「なにを?」

「天井」


 天井?床にばかり気を取られていて上なんて見ていない。


 ブルブルと首を振る。そして恐る恐る聞いてみる。


「なんか、ありました?」

「俺も初めて見たんだがな。天井を女が這ってた。あの音は女が這っている音だ……重力が反転したように天井にぴったりくっついて。だから、【足元注意】なんて書いてあったんだ」

「え。それって?」

「足元注意って書かれてりゃ、みんな床を気にするだろ」


 俺は先輩が掃除た窓に夕日が差し込のを見あげることは出来なかった。


 もしかしたら天井に張り付く女を見てしまうかもしれないから。



 この話、【本当】なんですよね。

 みなさんも【足元注意】とか【頭上注意】って書いてあったら、気を付けてくださいね。







「足元注意」

 三題噺「梅酒」「距離」「種族」

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