第2話 故郷
木々が生い茂る中を光の様なスピードで駆け抜けていると、遠くにキラキラと輝く光がルイソンの目に飛び込んで来る。
ルーア大陸の主要国でルイソンの生まれ故郷オルディア国が近づいて来たのだと考えると胸が躍った。
「ルイソン、もう直ぐだ」
マキシムは、彼の背後を追いかけるルイソンに振り返るとウィンクをして見せる。
「おおおっ!」
ルイソンは逸る心を抑えられず更に速度を上げマキシムと肩を並べると、森林を走り抜け丘の上に飛び出した。
ルイソンの眼下には光輝く街並みが果てしなく続いている。だがそれは、ルイソンの記憶している懐かしさの欠片も持ち合わせておらず、高層ビルが建ち並び、夜だと思えないほどにネオンが派手な光を放っており、聞いた事のない雑踏が鼓膜に引っ掛かった。
「おいっ! オルディアは何処だ! 俺が見えているあの街は造り物か?」
「俺達のオルディアだ。人間共がここまで発展させ、今では経済大国だ」
「けいざい? 金の事か? 俺達の村は? 住処は? どうなったんだ?!」
「心配するな。俺達は人間共と同盟を組み、奴等をヴァンパイアから守っている。暮しも金も十分過ぎる程にある。俺達ライカンは昔よりも力を得たんだよ」
マキシムは強く拳を握ると誇らしげな笑みをルイソンに向ける。
「そして、俺達の
マキシムの力強い言葉に背後に控えていた若者達も頷きながら目を輝かし、ルイソンに熱い眼差しをおくった。
「人間と同盟だと・・」
ルイソンは不可解な面持ちで再びオルディアの街並みを見つめると、街の上空に暗雲が立ち込めているようにルイソンの目に映る。
「話す事は沢山あるが、先ずはお前の復活祝いだ」
そう告げたマキシムはルイソンの肩を抱き寄せ頭を合わせると、ルイソンの胸元に軽いジャブを入れた。
丘を下った先にルイソンを出迎えたのは、大きなワゴン車だったが、車を初めて目にするルイソンには荷台に思え、おどおどとしながら車内に乗り込む。
「何故、脚力を使わない。怠けちまうぞ。しかしこの荷車は何だ? 何も引いていないのにどうして勝手に動くんだ。新種の生物か? それにしては足がないぞ。何を喰うんだ?」
ルイソンの言葉に合点がいきながらも、仲間達は笑いを堪えるのに必死な形相で口元を押さえた。
「ルイソン、これは車と言う。ガソリンって俺達には食えない物で動く乗り物だ。そうか、お前が生きていた頃には無かったかもしれないな。今では空を飛ぶ物や、俺達よりも早いスピードで走る乗り物もある」
驚きと戸惑いで車内を見回すルイソンに、説明をしているマキシムの胸元から電子音が流れると、ルイソンは背中の毛を逆立てる。
「何の音だ?」
「あ、これ。携帯電話だよ・・ もしもし」
聴覚の良いルイソンはマキシムが持つ小さな箱から誰かの声が聞こえる事に驚くと、携帯を指でトントンと叩く。
「この声は・・」
ルイソンは聞き覚えのある声に耳を傾けた。
「おい、俺の携帯を叩くな。そう、ルイーズだよ。あ、うん、ルイソンにとっては全てが物珍しい世界になってしまったからさ。じゃあ、俺達はこのままリオの店に行けばいいんだな? それから、やはり奴も復活した。じゃあ、後で」
「ルイーズ?」
先程まで光を放っていた小箱が暗くなると、マキシムはルイソンに目線をおくりながら、携帯をポケットに入れた。
「ああ。徐々に思い出せばいい」
ふと、ルイソンの脳裏に女性の顔が浮かぶと急速に過去の記憶が蘇ってくる。
「ミラ・・」
「ルイソン、お前・・」
「マキシムっ! マックだろ! 俺の相棒のマキシム・テイラー・・ お前少し老けたな」
「そうお前の相棒だ! 思い出したか! 良かった・・ 当り前だろ、あれから四百年近く経ったんだ。お前は・・ 変わってないな」
眠っている間ルイソンは時間を止めていたのだろうと考え、マキシムは少し深くなったシワを寄せながら苦笑いを向ける。
「俺は四百年も眠っていたのか・・ さっきの声はルイーズ、ルイーズ・アリ・・ そして、俺はルイソン・ガルシア、ルーア大陸ライカン族の長だ」
マキシムは両手を広げ、過去を思い出しつつあるルイソンを包み込むと、彼の背中を二度叩く。そして、感極まった表情を浮かべ、ルイソンの両肩を強く掴んだ。
「待ってたぞ、ルイソン!」
「ああ、マック、心配かけて済まなかったな。俺の妹は元気か? 俺を迎えに来ないなんて、ミラの奴さては何かを企んでるな。ハハハ」
ミラの名を聞いたマキシムの顔は、先程までの笑顔を失い突如暗い影が落ちる。
「ミラは・・」
「ん? どうした?」
無邪気なルイソンの笑顔を壊したくないマキシムは必死で最良の言葉を探す。
「今度会いに行こう」
「会いに? え? お前達は大丈夫だよな・・」
「どう言う意味だ?」
ルイソンはサッと目線を横に流すと次の言葉を口に出すのを躊躇った。
「いや、その・・まさか、あいつ・・ ほら、もしかして他に良い男が出来て嫁にでも行ったか? ハハハ」
頭を掻きながら申し訳なさげに苦笑いを浮かべるルイソンの姿が、マキシムの罪悪感を更に抉った。
ライカン族は自身のグループをパックと呼び、所謂幹部クラスがリーダーとなって、それぞれのパックを治めている。
マキシムは、その幹部達を仕切る重要な役割を果たしており、ルイソンとマキシムの幼馴染みであるルイーズ、リオと共に、長であるルイソンを支えている。
ルーア大陸に住むルイソンが率いるライカン族は、オルディアを中心に各地に散らばっていたが、都会の暮らしを嫌うモノは、ルイソンに対して敵対心を持たない限り自由に暮らす事を許され、現在どれだけのライカンが各地に生息しているのか把握できない程に大きくなっていたのだ。
「もう直ぐでリオの店だ。アイツにはオルディアでのレストランやバーの経営を任せている。と言うのは建前で、ヴァンパイア共も夜の盛り場を営んでいてな、アイツ等の行動を見張る役目をしているんだ」
「そうか・・ ヴァンパイアとの諍は未だ絶えていないってわけか・・」
一つ溜息を付くと困った顔を見せるルイソンにマキシムは鋭い顔をする。
「虫けら共を許せるはずがない・・ 俺の時代で全てを終わらせる」
唇を結び拳を強く握るマキシムにルイソンの背筋に悪寒が走る。
「マック・・ お前変わったな。四百年の間に色々あったんだろうな。すまん」
ルイソンはマキシムを真剣な表情で見つめると頭を下げた。
「ルイソン・・」
胸の内に秘めた物を吐き出そうとするマキシムだが、一呼吸置くとそれらを飲み込んだ。
「俺が目覚めた時、腹に剣が打ち込まれていた。それと、多分同じ棺に、あのヴァンパイア・・ 何て名前だったか、アイツも入っていたと思う。ライカンの俺がヴァンパイアと同じ棺に入れられるなんて、悪い冗談でも度が過ぎるだろ・・ 何か知ってるか?」
ルイソンの言葉にマキシムは驚くと大きく目を見開いた。
「お前、何も覚えていないのか? 恐らくお前は殺されたんだ・・」
「殺された? 俺は殺されたのか? やはりそうか・・ ヴァンパイアにか? でも何故あのもやし野郎が一緒だったんだ? おい、マック」
ルイソンは若干動揺した態度に変わると、隣に座るマキシムの肩を思わず両手で掴んでしまう。
「すまん、ルイソン。俺も知らないんだ。あの時、俺とリオは隣国トマリでの内乱を鎮めるため、お前がやられた時、傍に居なかったんだ・・ すまない」
後悔と懺悔の念を込めながら頭を下げるマキシムを掴んでいた手で、ルイソンは、軽く彼の肩を叩くと笑顔を見せる。
「マックが謝る事じゃない。きっと俺がお前をトマリに行かせたんだろうし、あっさり殺されちまう俺の方が間抜けだ」
頭を上げたマキシムと目線が重なると、ルイソンはウィンクをしてみせた。
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