ライカンとヴァンパイア
美倭古
第1話 復活
雷鳴と共に黒い空が青く光り輝き、大地は視界を遮るほどの激しい雨に抉られていく。
世の全ての記憶から削除されながらも、辛うじて原形を留めたレンガ造りの古びた建物が、稲光によって小高い丘の上にその姿を現す。
まるで天が何かの目覚めを恐れおののき、自然界に警告するような嵐が数日も続いたせいか、長きに渡り堂舎を支え続けていた土壌が緩み始め、全てを麓へと引きずり降ろしていく。
次の瞬間、建物は土砂に流され何百年もの間、保ち続けた姿が崩れ落ちると同時に、中から強固な鎖に囲われた巨大な棺を吐き出すと、土砂に沈み建築物としての役目を終えた。
吐き出された棺は大岩に衝突すると一部を破壊させ雨が中へと侵入していく。だが、不思議と数日も続いていた嵐が突如暗黒色の雲を伴って足早に上空から流れ去っていく。
辺りは静けさを取り戻し星達と共に夜空が顔を見せ、黄金の光を放つ満月が地上を照らし始めると、破壊した棺の一部にも同様にその光が降り注がれる。
静寂に包まれ全てが音を失った瞬間、鎖が切れる爆音と共に、頑丈に造られていた棺が微塵と化し、中から獣が雄叫びを上げながら登場した。
巨大な狼の容姿を持つ獣は夜空を見上げ、天から降り注がれる月光を浴びると、満足気に目元を緩め、細胞の一つ一つを甦らせていく。
【グぅ――――】
狼は痩せこけた腹に手を添え俯くと、折れた剣が自身の腹に突き刺さっている事に気付く。
「何だこりゃ?」
大きな猛獣の手で器用に小さな剣を引き抜くと、無造作に投げ捨て、ポカリと開いた腹に手を添えた。
「腹が減ったな」
一言を吐いた瞬間、大きく息を吸い込んだ。
すると、彼の周辺にある全てが地面に摑まっておられずに、どんどんと狼の方に引き寄せられていく。それは、大地に生える植物だけでなく、恐怖から息をひそめていた野生動物までもが、狼が吸い込む空気と共に姿を見せると、狼の刃牙に捕らわれ餌食となる。
狼が鋭い爪と牙を獲物に立て鮮血を周辺に巻き散らしながら、何百年間の空腹を満たしていく。
巨大な狼に破壊された棺の中には、実は、もう一体得体の知れないモノが納められていたのだ。
獲物を喰い散す狼の傍らで横たわるそれは、ミイラ化していたが人の形をしており、干からびた皮膚が飛び散った獲物の血で染められていく。
すると、まるで生き血を待ち望んでいたかのように、真皮細胞深くへと吸い込まれ、枯渇していた肉体が活性化する。
その速度は止まる事を知らず、どんどんと姿を甦らせ、それはまるで月光で復活した狼と同様だったのだ。
次の瞬間、長い眠りから覚めた王子のように美しい姿が夜景に浮かび上がった。
そのモノは、手を口元に上品に添え大きな欠伸をつくと、肩が凝ったように首を左右に倒し目を見開いた。
誰かの気配に気付いた狼は、腹が満たされたのか、ゲップを一つすると、目線を王子へと動かす。
「ヴァンパイアが何故此処にいる?」
怪訝そうにそう告げた狼は、身体の節々を変形させると、みるみる内に容姿を人間化させ、逞しく鍛えられた筋肉に目力を持つ整った顔立ちの凛々しい若者が現れた。
「それはこっちのセリフだ。目覚めにライカンを見るなんて、最悪だ」
そう応えたヴァンパイアは、二本の鋭い牙を剥き出すとライカンを威嚇する。
「お前、腹痛くないのか?」
「はぁ?」
無意味な事を話すと考えながらも、自身の身体に視線をおくったヴァンパイアの腹には、背中から刺されたと思われる刃先が飛び出ていた。
「・・・・」
「抜いてやろうか?」
「獣の手助けなど要らぬわ」
そう告げたヴァンパイアは、目を閉じると精神を集中させる。すると、身体に突き刺さっていた刃物が少しずつ腹から消えると背後に落下した。
「ほぉ~ 念力か」
ライカンは感心したような声を上げると手を叩いて見せる。
「狼男・・ 僕を馬鹿にしているだろ?」
「なぁ~ 俺達、どうして此処に居るか知ってるか? って此処何処なんだぁ?」
人間の姿になったライカンは腕を組みながら、周りを見渡すとヴァンパイアに尋ねた。
「目覚めたばかりの僕に分かる訳ないだろ・・」
ライカンに問われたヴァンパイアは不機嫌気味に応えると、ライカンと同様に周辺を確認する。
小高い場所に立つ彼等の眼下には森林の木々しか目に入って来ない。またライカンが近辺の生物を喰い尽くしたせいか、生き物の息遣いや心音すら聞こえず、静まりかえっていた。だが、ふと何かが急速に近づいて来る気配がしたため、咄嗟に身構える。
彼等の足元には、若者達が片膝を地面に着けると首を垂れていた。
「
その内の一頭が瞳を潤ませながら見上げると、ライカンにそっと衣服を差し出す。
獣が服を手にしていると、跪く若者達の合間を縫って、長身で鍛え上げられた肉体を持つ男が現れた。
「ルイソン! やはり目覚めよったか! この時をどれだけ待ち望んだか! また会えて嬉しいぞ!」
そう告げると、呆然と立ち尽くすライカンを抱き寄せた。
「おいっ! お前は誰だ?!」
「え? ルイソン、もしかして何も覚えていないのか?」
「空腹で目が覚めたところだからな」
「そうか・・ 俺の名はマキシム。ルイソン、お前の相棒みたいなモノだ」
「マキシム・・」
「ああ、お前は俺をマックと呼んでいた。それから、お前の名はルイソン。ルイソン・ガルシア。ルーア大陸のライカン族を制する長だ」
マキシムが、目を輝かしながらルイソンに説明する姿から、彼の話は真実だろうと感じ取った。
ルイソンと同様に、少し離れた位置で立って居たヴァンパイアも身なりの整った若者達に囲まれていた。
「アルベルト様。お目覚め嬉しく思います」
青年がそっとアルベルトの肩に刺繍が施されたマントを羽織らせると、片膝を地面に着きアルベルトに敬意を込めた面持ちを向けた。そして、彼の瞳には瞬く間にマント下でタキシードに身を包んだ精悍なアルベルトが映る。
「アルベルト兄さんっ! 本当に兄さんなのですね・・ 良かった・・」
そう告げると、頬を少し紅色に染め、はにかんだ形相でアルベルトの手を取ると跪いたまままで、軽くアルベルトの手の甲にキスをした。
「ちょっ! 兄さん? お前は僕の弟だと言うのか?」
アルベルトは、キスをされた手の甲をガウンで拭いながら疑いの目を向ける。
「はい。僕は貴方の弟ケビンです。そこに宿敵であるライカンが居ます。ひとまず僕達の屋敷に行きましょう。説明はその後で。大量の人間の生き血も用意していますよ」
「生き血・・」
目覚めたばかりのアルベルトだが、自身がヴァンパイアであることを自覚していた。その反面、長い眠りから覚めたにも拘らず、人の生き血に餓えていない肉体を不思議に思った。
「ヴァンパイア共よ。我が長ルイソンが目覚めた。ルーアの土地は俺達ライカンの物だ!」
ルイソンの傍らで彼の相棒であるマキシムが雄叫びを上げると、その場に居たライカン全員が立ち上がり腕を天高く上げる。
「おおおおおおっ――!!」
「たかが、犬の分際で小癪な! ルーアも人間共も、これからはアルベルト様の支配下だ。貴様等は尻尾を巻いて出て行くがいい!」
戸惑った様子のルイソンとアルベルトを余所に、ライカン族とヴァンパイア族は睨み合うと互いの火花を散らしたのだった。
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