第二十八話 ゼンってヨガの別名みたいなものよね?
目が覚めると、別のリビングにいた。シャーロットが片足を曲げて足を大きく前後に開き、両手を合わせて両腕を大きく上に伸ばしている。
「きゃあああ!」
シャーロットは二人を見るやいなや悲鳴を上げ、べちゃんとカーペットに倒れこんだ。
「あ、あ、あなたたちはこのまえの……」
「は、はい……すみません」
気まずい思いで栞と一緒に頭を下げた。シャーロットは力なく体を横に反転させ、軽く膝を立てる。
「あなたたち……いったい何者なの? このまえは突然現れて突然消えちゃって、おかしな映画を見せたりビールとかスナックを持ってこさせたりして……。いまも突然現れて……」
「えーと……そんなことより、どうしてシャーロットさんはヨガをしてらっしゃるんですか?」
今度も、栞は「相手に質問する隙を与えない作戦」を貫くつもりらしい。だが、
「だめよ。先に私の質問に答えてもらうわ」
シャーロットは腕を組んで二人を睨んだ。栞は考えこみ、
「あの……実はわたしたち、パラレルワールドから来たんです」
おなじみの台詞を口にする。シャーロットは目を見開いたが、
「まぁ……嘘や妄想だなんて言わない……言えないわ。青い月みたいなものが出てあなたたちが消えるのも、たったいま突然現れるのも、目の当たりにしちゃったんだもの……」
あきらめたように、ダニエルと同じようなことを言った。
「でも、突然現れたり消えたりする理由はわかったけど、おかしな映画を見せたりビールとかスナックを持ってこさせたりした理由はわからないわよ」
シャーロットの語気が再び強くなる。
「あ、それは、もとの世界に帰るために必要なことだったんです」
栞があっさり真実を告げたので倫子は驚いたが、考えてみれば告げてはならない理由があるわけではない。
「あ、ああいうことが……?」
「はい」
栞は大真面目な顔でうなずいた。
「どうして……?」
「どうしてもです。あっ、別にシャーロットさんに教えたくないわけじゃなくて、わたしたちにもわからないんです……」
シャーロットは小さなため息をつき、
「まぁいいわ……。いまは難しいことなんて考えられないし……。アレックスを喪ってしまったんだもの……」
目に涙をにじませた。
「ご、ごめんなさい……」
二人がさっきより深く頭を下げると、シャーロットは指で涙をぬぐい、
「そんな……謝らないで。あなたたちのせいじゃないし、あなたたちだって大変な思いをしてるんだから……」
無理やり微笑んでみせた。ますます申し訳なくなってしまう。
と、シャーロットは両手で自分の頬を叩き、
「いけない、こういう気持ちを忘れるためにゼンをしてたんだったわ。そうだ、あなたたちも一緒にどう?」
立ち上がって二人に手を差し伸べた。
「えっ、ゼン?」
二人の声が重なる。
「あ、あれはゼンじゃなくてヨガなんじゃ……」
倫子は遠慮しいしいツッコんだ。
「えっ、そうなの? でも、ゼンってヨガの別名みたいなものよね?」
「ち、違いますよ! 共通点とか関連性はあると思いますけど、禅は中国で発達したもので、ヨガは古代インドで生まれたものですから……。あと、ヨガは大自然と一体化することが目的ですけど、禅は座禅を組むこと自体が目的だっていう話も聞いたことがあります。いずれにしろ、さっきのポーズはヨガのです」
「まぁ、そうだったの。恥ずかしいわ」
シャーロットは頬を赤らめた。
「やっぱり本場の……中国のひとは詳しいのね」
「いえ、日本人なんですけど……」
「あ、あら……ごめんなさい……」
シャーロットが真っ赤になってしまったので、
「い、いいんです。えーと、じゃあ、シャーロットさんは悲しいときはヨガをされるんですね?」
あわてて本題に戻った。
「ええ。悲しいときだけじゃなくて、腹が立ったときも自己嫌悪に駆られたときも……。心が乱れたときはいつもね」
「なるほど……。とてもいいことだと思うんですけど、悲しみが大きすぎるときは、まず思う存分悲しんだほうがいいと思うんです」
「そ、そうなの……?」
「はい。でないと本当に立ち直ることができませんから……」
映画のランクを上げたい一心でしているアドバイスではあるが、あながち間違ってはいないと思う。
「そうね……」
シャーロットはふっと遠い目をして、
「そうかもしれないわね……」
ソファに座りこみ、ローテーブルに置かれていたスマホにゆるゆると手を伸ばして操作した。空色の目が涙に濡れる。きっとアレックスの写真や動画を見ているのだろう。
その涙はみるみるうちに盛り上がり、ぽろぽろとこぼれ落ちた。美しいシーンにはなったが、やはり胸が痛む。そのとき再び窓から青い光が差しこんできて、猛烈な眠気が胸の痛みをかき消した。
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※ 禅とヨガの違いや関連性については、諸説あります。
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