第二十話 ケチャップが修理に必要なの?

 ダイニングキッチンに入ると、テーブルにはフライドチキン、ローストビーフ、ロブスターのグラタン、マッシュポテトといった、脂肪分も糖分もたっぷりの料理が所狭しと並んでいた。


「改めておめでとう、母さん!」


「おめでとうございます!」


 イヴリンに続き、倫子と栞もお祝いのことばを口にした。


「誕生日がめでたいって歳でもないんだけどねぇ」


 そう言いながらも、スーザンはまんざらでもなさそうだ。


 料理はとてもおいしかったしおなかもぺこぺこだったので、倫子も栞も次々に箸を――いや、フォークとスプーンを伸ばしてしまった。もっとも、イヴリンとスーザンは二人の倍は食べただろう。


 食後、色とりどりのアイシングでデコレーションされた極甘のケーキを食べていると、


「ところで、例の機械は直りそうなの?」


 イヴリンに尋ねられた。何のことだろうと思ったが、すぐに栞の話を思い出し、


「えーと……とにかくベストを尽くします!」


 大会に臨むスポーツ選手のような返事をする。栞も何度もうなずいた。


「その意気だよ。直るまで何日でもここにいていいからさ」


「うんうん。何かあたしたちにできることがあったら言ってね」


 スーザンもイヴリンも温かいことばをかけてくれた。


「あっ……」


 倫子はイヴリンのことばにはっとして、


「あの、じゃあ……ケチャップをいただけませんか?」


 遠慮しいしい頼んだ。


「へ?」


 二人のすっとんきょうな声が響く。


「えーと……ケチャップが修理に必要なの?」


 尋ねたのはイヴリンだ。


「は、はい……そんなところです……」


「あなたたちの世界の機械って面白いのねぇ。まぁでもお安い御用よ。でしょ? 母さん」


「もちろんさ、何本でも使っていいよ。ああ、けど、うちには使いかけのが一本しかなかったね。もっと要るなら明日買ってくるけど」


「いえ、そんなには……」


 言ったところで栞に袖を引かれ、


「たくさんあるに越したことはないと思うわ、鈴鹿さん」


 ささやかれた。なるほど、そのとおりだ。決して望ましいことではないが、これから何人もが大怪我をするかもしれないのだから。


「うん、そうだね」


 栞に向かってうなずいてからスーザンに目を戻し、


「じゃあ、すみませんがお願いします」


 頭を下げた。


「日本のひとはホントに謝ったり頭を下げたりするのが好きなんだねぇ。いいんだって。どっちみち、そろそろ買い出しに行くつもりだったんだから。イヴリン、あんたも付き合ってくれるだろ?」


「はいはい、母さん。そうだ、よかったらリンコとシオリも一緒にどう? 衣料品とか日用品とか、ほかにも必要なものがあったら買ってあげるわ」


 お礼を言って再び頭を下げてしまう二人だった。


 後片づけはほとんど無理やり手伝わせてもらい、ゲストルームに戻った。栞と「おやすみなさい」の挨拶を交わし、再びベッドにもぐりこむ。さすがに疲労が限界に達していたのだろう、今度は寝つけなかったのはせいぜい十五分程度で、一度眠りに落ちてからは朝までぐっすりだった。


     ***


 翌日、イヴリンとスーザンは、約束どおり倫子と栞を最寄りのスーパーに連れていってくれ、ケチャップを五本、Tシャツとズボンと下着を三着ずつ買ってくれた。ズボンは履くのに支障があるほど大きかったので、帰ってきてからスーザンが直してくれた。本当に二人にはいくら感謝してもしきれない。


 それから三日間は、家事を手伝ったり、映画やドラマを観たり、イヴリンが自分の部屋から発掘してきたトランプやボードゲームで遊んだり、栞との打ち合わせどおりイヴリンとスーザンにメイクをさせてもらったりして過ごした。


 栞も自分も大学を卒業したらメイクアップアーティストになりたいのだ、と倫子が言うと、


「あら、でもあなたたち、大学ではパラレルワールドに行くための機械を開発してるのよね?」


 案の定、イヴリンとスーザンは怪訝そうだったが、


「これがあたし……? 驚いたわ! 二人とも、科学の才能もメイクの才能もあるのね」


「まだまだあたしも捨てたもんじゃないじゃないか」


 メイクのできばえには大いに満足してくれたらしい。さらにメイクの方法やコツを教えてほしいとせがまれたので、倫子と栞は喜んで伝授した。


 そして四日目のおやつの時間。スーザンお手製のドーナツを食べミルクセーキを飲んでいると、イヴリンのスマホが短く鳴った。


「大変……!」


 スマホを見たイヴリンの顔色が変わる。

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