ブレイバーズ・メモリー(3)
橘 シン
エピソード21 再建
賊の襲撃から十日ほど過ぎた。
あの襲撃以降、賊の気配はない。
平穏が続いている。今のところ。
執務室前の廊下から外を見ていた。
いつものなら、兵士達が気合いを入れた訓練が行われている
しかしは今は…。
訓練している兵士がいないわけではない。
数が少なく、寂しい感じがする。
そもそも訓練自体が縮小されていた。
動けるものが半数で、訓練と警備をこなしていては体力が持たないからだ。
傷病兵の回復は進んでいるが、まだまだ時間がかかりそうだった。
リアンとライアもまだ回復していない。
「はあ…」
ため息しか出ない。
「ウィル様」
「マイヤーさん…」
マイヤーさんは特に何も言わずに、紅茶の入ったカップを差し出す。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、一口飲む。
いつもの美味しい紅茶。
「マイヤーさん」
「何でしょうか?」
「いや…なんでもない」
僕ははぐらかし、カップを持ったまま執務室へと入る。
執務室は僕とマイヤーさんだけが、いることが多くなった。
昼間、シンディはリアンの看病のため執務室にはほぼ来ない。
リアンの様子を伝えに来るくらい。
リアンの状態は、良くない。
夜も昼もうなされているようだ。
夜間にリアンの叫び声を、聞く事が何度かあった。
その度、僕は胸が締め付けられ涙が出た。
リアンのために何もできない自分が悔しい。
「失礼します」
そう言って入って来たのはエレナ。
「ウィル様。頼まれていた例の物、完成しました」
「本当?」
「はい。こちらになります」
彼女はそれを、両手で僕の目の前に差し出す。
僕はそれを取り、観察する。
「完璧だよ…エレナ」
「ありがとうございます。少し時間がかかりましたが」
「いや、そんな事はない。大変だったろう?」
「はい。ここまで緻密な作業を魔法でするのは初めてでしたので…しかし、貴重な経験となりました」
エレナに無理をさせてしまったと思ったが、そうではないようだ。
彼女は使った魔法について丁寧に説明してくれた。
説明中、相槌はしたが分からないというのが正直な気持ちだ。
しかし、説明中の彼女は自信に満ち、楽しそうだったのを覚えている。
「ありがとう」
「いいえ。それでは失礼します」
「ああ」
半分、執務室のを出かけたエレナは再び、僕の前に来る。
「転移魔法についてのご報告を」
「うん」
「申し訳ありません。もう少しお時間をください」
「全然、構わないよ。君のペースでいいから」
「はい…」
彼女によれば、ほぼ出来上がっているらしい。
転移魔法自体は発動するが、転移できたりできなかったりだとか。
できたとしても、転移先で不具合が起こるらしい。
エレナは一礼し執務室を出て行った。
「ウィル様、それは何でしょうか?」
「これかい?」
マイヤーさんが尋ねてくる。
「これはステインの竜の牙だよ」
「ほお」
ステインの竜は、彼の死後五日で死んでしまった。
彼の遺言どおり、竜の死骸は有効活用する事になった。
竜の牙、爪、たてがみ等は、高値で売れる。
その牙の一つを、僕は貰い受けた。
ステインの友人であるライノには内緒で。
牙の根本に穴を開け、革紐を通しペンダントにしたかったんだ。
「ライノに渡したくて。でも、難儀したよ…すごく硬いんだ」
大工道具中に錐があったのでそれを使ってみたが、中々うまくいかない。
「そこでエレナ隊長の出番という事ですね」
「うん」
牙には奇麗な円形の穴を開いている。
彼女は完璧は仕事をしてくれてた。
僕は机の引き出しから革紐を取り出し、穴に通す。
頭が通るくらいの長さに調整して紐を縛った。
「ライノの所に行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
館を出て、竜騎士隊の兵舎へ。
竜騎士隊の兵舎の前では、隊員達が訓練が行われていた。
竜騎士隊も訓練が必須となっていない中、訓練が行われている。
「レスターさん!もう一回お願いします!」
「おう。来い!」
一番気合いが入ってるはライノ。
その様子を見ながら、兵舎前で腕を組むヴァネッサに近づく。
「威勢がいいね」
「あたしは、ああいうの嫌だけど」
「どうして?」
「いついかなる時も、冷静にって習ったし、教えてるから」
「ライノは冷静じゃないと?」
「ステインがいないから、その分自分がって気合い入れてるのさ。もう入れすぎて、倒れるよ」
悪い意味で、気持ちが先走っているらしい。
「で、何しきたの?」
「ライノに渡したい物があるんだ」
「渡したい物?そう…ちょうど良かった」
「ちょうど?」
「ライノにやめさせる口実ができた」
彼女はそう言って肩を竦める。
「ライノ!もういい!休みな」
「まだ…はあ…ふう…行けます!」
ライノ自身はやめたくないようだ。だが、肩で荒く息していていた。
「ウィルが用あるって」
「はい」
ライノは僕に向かって一礼する。
「訓練中なのに申し訳ない」
「いえ。大丈夫です」
「まずは、座ろうか」
「はい」
二人で地べたに座った。
「用とは?」
「これを君に」
僕はステインの竜の牙で作ったペンダントを、ライノに手渡した。
「これは?…」
「ステインの竜の牙で作った物だ」
「ステインの?」
「うん。君がステインを忘れる事は絶対にないと思うけど、彼が生きた証が必要じゃないかって思ったんだ。それでこれを作った」
「ウィル様が、わざわざこれを?…」
ライノはペンダントを見つめる。
「僕が勝手にしたことだ。気に入らないなら…」
「そんな事ないですよ!」
「そう。なら良かった」
「ありがとうございます!」
ライノのはすぐにペンダントを首にかけた。
「穴を開けるのが、中々大変でね」
「そうなんですか?でも、きれいに開いてますよ?」
「うん。穴を開けたのは、エレナなんだ」
「エレナ隊長が?」
「僕自身で開けたかったんだけど、どうやっても無理そうだったから」
そばで聞いていたヴァネッサが吹き出すように笑う。
「僕はアイデアのみでエレナのほうが大変だったと思う」
「エレナにも礼言っときなよ」
「はい!」
ライノが立ち上がったので、僕も立ち上がった。
「ウィル様。ありがとうございます!」
彼は姿勢正し、敬礼する。
「大切にします」
「ああ」
「ステインの分も…それ以上に頑張ります」
「うん。だけど、無理はしないでくれ。ヴァネッサの機嫌が悪い」
「え?」
ライノは振り向き、ヴァネッサを見る。
「あんたの気持ち、すごく分かるよ。あたしも仲間の竜騎士がなくなるところ、たくさん見てきたから。だから、もう少し肩の力抜いていいんじゃないかってね」
ヴァネッサにしては、優しい言い方だ。
僕の視界にエレナが館から出てくるのが見えた。
「ライノ」
「はい」
「君の気持ちを折るわけじゃないが、無理は禁物だよ。人はどうやっても一人分以上の事はできない」
「わかってます…でも!」
「わかっているなら、今日はもう休んでくれ」
僕は彼の肩を掴む。
「はい…」
彼が肩を落とすのが、感触で分かった。
「お前の竜騎士としの道は長い」
ガルドがそう言いながら、ライノに近づく。
「まだ始まったばかりだ。焦る事ないぜ」
「ガルドさん…」
ガルドはそれ以上は何も言わず、顎をしゃくる。
その先にエレナが、魔法士隊の兵舎まで隊員達と話をしていた。
ライノの僕達に向かって敬礼し、魔法士隊の兵舎に向かって走り出した。
ヴァネッサがふうっと息を吐く。
「二人ともありがと」
ヴァネッサが、僕とガルドに礼を言う。
「何もしてないけど?」
「自分もです」
「そう?」
ヴァネッサは苦笑いを浮かべた後、竜がいる厩舎へ向う。
「よくわからないけど、執務室に戻るよ」
「はい」
ガルドにそう言って執務室へと向かった。
Copyright(C)2020-橘 シン
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