水槽/地槽

杉本蓮

水槽/地槽

「水槽」

 水槽がある。

 適温に調整した水塊の底に砂利を敷き詰め、岩を模した石と水草を配置する。チューブから絶えず泡が噴き出し、水塊に絶え間なく酸素を溶かす。そのため、水槽の近くを通ると常にぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽと鳴っている。半透明の小さなエビが何匹か、足をしゃわしゃわ走らせて漂い、水草にくっつき、砂利の上を歩いている。あまりに小さく、目立つ色でもないので、よほど顔を近づけないとエビがいることに気づけない。



「水槽 エビ」

 狭くはないが、慣れるとそう広くもないと気づくようなところである。居心地は悪くない。岩場に隠れやすいくぼみがあるし、スペースを共有する隣人たちとはうまくやれている。食事は、ここよりずっと大きな影が上から差したあと、降ってくるものを食べている。それなりの頻度で降ってくるので、生き延びるには足りている。



「地槽」

 地槽がある。

 適温に調整した空気の底に何種類かの土や砂を重ねて敷き詰め、岩、石を配置する。大きな水たまりを作り、背がよく伸びる樹木、地を這うような草花を槽の底全体に蒔く。光を当てるとそのうち風が起こる。光と風を動力に大きな水たまりから巻き上げた水を全体に撒く。撒いた水はさまざまな道を通過し、やがてまとまった流れを作り、大きな水たまりに帰還する。姿も形も違う生き物が、地槽の至るところで蠢いている。花の蜜を吸うもの、他種にまとわりついて光を目指すもの、翼をもつもの、群れをつくるもの、他種の肉を食うもの。各々糧を探し、身を守り、過ごしている。



「地槽 ヒト」

 生まれた場所からほとんど離れずに一生を終える者もあれば、動き回って動き回って当初とは離れたところに辿り着くものもあるが、どのように過ごしたとしてもすべてを歩き尽くすことは叶わない。ここはそれほど広大である。周期的に環境が変わるため、その都度適した装備や心構えが必要になる。群れが共有する知識を参考に振る舞い、日を暮らす。他者は糧にも敵にもなり得るため、常に距離を測っている状態である。

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水槽/地槽 杉本蓮 @SetoY

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