元カノが生き別れた双子の妹だと俺だけが知っている

天道 源

第1話 プロローグでありエピローグ

 中学三年間、灰瀬アリス(はいせありす)は、いつだって完璧だった。

 日本人離れしたプラチナブロンド、顔の造形、手足は細く、長く、肌は白い。

 無表情に、冷静に、中学生離れした思考。テストはいつだって満点。しかし時としてあらわれる満面の笑顔が、周囲の人間を骨抜きにした。年齢関係なく、教師さえ、彼女の魅力にあてられていた。


 ようするに、カリスマ性にあふれた才能ある美少女。それが灰瀬アリスということだ。


 反面、俺――波木泰斗(なみき やすと)ときたら、なんだって灰瀬アリス以下だ。

 じつに日本的な黒髪、顔。身長だけは完全に勝利していたが、そこに意味なんてない。

 成績はいつだって彼女の背中を見るし、カリスマ性も劣り、運動だってトータルで見たら負けていた。完敗だ。

 当初こそ、憎かった。なんだ、あの完璧超人は! あいつがいなきゃ俺がトップだろうが! 生徒会長を目指していた俺のやる気は、次第にそがれていった。ああ、そういうことね。人生ってスタート時点で決まってることは知っていたけど、才能も同じようなもんなのね。


 だから、意外だった。

 中学二年時。灰瀬アリスから、放課後、呼び出しをくらった。

 誰もいない教室で、俺たちは向かい合う。

 長年、勝手にライバル視していた相手を前に、俺は臨戦態勢だったが、灰瀬のピンク色の唇が紡いだのは、まったく予想だにしないものだった。


「波木くん、副会長に立候補する気、ないかしら。わたしといっしょに、一年間、学校のために活動、しない?」


 脳裏には『生徒会長は自分ってことですね、俺は副会長がふさわしいってことですか』なんていう憎まれ口もよぎったが、実際に出てきたのは素直なセリフだった。


「なんで俺なんだよ。もっと他に、いるだろ。灰瀬は人気ものなんだから」


 ぶっきらぼうな物言いは、ききようによってはケンカ腰でもあった。

だが灰瀬は、少し顔を赤らめた。

 

「だって、あなたがいつも好敵手でいてくれたから、わたしはいつだって努力ができたの。そういう人にそばにいてほしいって思うことって、おかしいことかしら」


 呼吸がとまるって、こういうことか。

 風が吹き、灰瀬のプラチナブロンドがなびく。白い肌、赤らめた頬に、ぎこちない笑顔。


「ずっと考えていたんだけど――わたし、あなたのことが好きみたい」

「へ……?」


 こうして俺は、多分に漏れず、彼女の魅力にやられちまった人間の一人となった。

 でも、ひとつだけ違うのは、彼女も――灰瀬アリスも俺に魅了されているってことだ。


 ほんと、幸せってどこからやってくるかわからないものだ。

 だから、どこへ消えて行っても不思議ではないのだけど。

 話は数か月後へ。




       *




 灰瀬アリスは本当に、美しかった。そしてかわいかった。

 俺たちは、そろって生徒会選挙に、生徒会長と副会長として立候補し、見事、当選した。どっちがどっちかなんてのは聞かなくてもわかるだろう。


 生徒会活動はほぼ放課後に行われていた。

 俺たちは非常に勤勉だったので、ほかの会員に手をわずらわせることなく、何もかもを二人でやりきった。


 夕暮れの生徒会室。

 パソコンのキーボードを叩く俺――の背中に、生徒会長がもたれかかっている。


「灰瀬会長。仕事が進まないんですが」

「それはあなたの能力のせいでしょ?」

「アホなことを言わないでください。あなたの体重のせいだ」

「えっ、ひどい。わたしが重いってことなのっ」


 涙目の生徒会長。

 俺は嘆息をひとつ。


「……ちょう、かるーい」

「ふふっ。でしょ? ぐでーっ」


 ぐぬぬ、と顔をしかめるのは、重さのためではない。

 俺の背中に巨大な何かがあたっているためである。それも二つだ。


 でも、約束があるので、何もかもを抑えつけるように、俺は言う。


「アリス。そういうのは一緒の高校に受かったらって話だろ」


 そういうこと、っていうのは、そういうことだ。

 灰瀬アリスと俺は互いにライバル視し、反面、尊敬しあっている。だからこそ、一時の感情に惑わされることなく、欲望にのまれることなく、体の関係というやつは、ともに、県内有数の進学校に受かってからと決めていた。


 アリスが耳たぶをかんできた。


「わかってますぅ。でも、キスはしてもいいでしょー?」

「会長。仕事が進みませんが」

「会長命令。許すから、キスをしなさい」

「……はいはい」


 夕日のさす生徒会室。

 きっと、俺の幸せはそこがピークだったのだろう。


 疑念だが、俺はひとつの結論に至った。




     *




 事の発端はなんだっただろうか。


 偶然にも、俺と灰瀬の誕生日が一緒だと分かったとき?

 互いの趣味が異常なほど一緒だとわかったとき?

 それとも――キスをしたとき、なんだか、変な気分になったとき?


 いや、原因を求めるならば、それはもっと昔のことだろう。


 唐突にカミングアウトさせてもらうが、俺は両親と血がつながっていない。

 一般的な言い方をすれば、生みの親と、育ての親が別なのだ。

 養子ってやつである。


 俺がそれに気が付いた経緯は割愛するとして、その過程で、育ての親からこんなことを教えられた。


『お前には、生き別れの双子の妹がいる』


 妹ってことは二卵性双生児ってことだ。

 顔も性格も別。

 双子だろうが、五人だろうが、同じタイミングで生まれた親族ってだけだ。似てなくたって、問題はない。アリスがプラチナブロンドだろうが、人形のようだろうが、俺と全くにていなくたって――隔世遺伝やなにかを考慮すれば、十分にありうる事実である。


 遺伝子を簡単に調べられる現代ってものに、感謝すべきなのだろうか。

 俺は、自分の中に生まれた、『奇妙な感覚』に身をゆだねることにした。

 もちろん心の中では、否定しまくりだ。

 俺とアリスが双子の兄妹? 冗談もほどほどにしろ。


 事実は小説もなんとやら。


 遺伝子検査結果。90%以上の確率で兄妹。

 ああ、これぞ人生って感じか?

 俺は笑い、絶望し、怒り、泣き――この事実を地獄まで持っていくことにした。

 体の関係を持たなかっただけ、まだ、グッドエンドだろ? なんて、慰めながら。




     *




 なんてことのない日だ。

 バレンタインでも、クリスマスでも、記念日でもない。

 なんてことのない日。


 いつだって暖かなイメージに包まれていた生徒会室で、俺はアリスに死刑宣告をしていた。

 二人きりの舞台。観客はいない。


「なあ、アリス。突然だけど」

「なに?」

「俺たち、別れよう」

「……笑えない冗談。キミがそうやって斜に構えるのは好きだけど、こういうことはさすがに怒るわよ」


 言葉通り、アリスの顔は、こわばっている。

 無表情が多いゆえに『氷の妖精』なんて評される彼女も俺の前では喜怒哀楽のはげしい女の子でしかなかった。その顔が、凍っている。


「嘘じゃない」

「うそ」

「嫌いになったんだ。お前の態度にむかついてくることも増えてきた」


 嘘だ。

 アリスの顔がゆがむ。


「そ、そんなこと、いきなり言われても……」

「いきなりじゃない。前から思ってたんだ」


 妖精なんて、どこにもいない。

 いるのは一人の女子。


「なんか怒らせちゃった? な、なおすから、なんでもいってよ……ヤストの言う通りに、するから……っ」


 アリスがすがるように手を伸ばす。

 俺はそれをはじいた。


 拒絶するように。

 自分にいいきかせるように。


「嘘じゃないっ! お前にはうんざりなんだよっ!」


 嘘だ。うそだ。ウソダ。


「――最初から、お前のことは、うざいと思ってた! お前さえいなきゃ、俺が一番だったんだ!」


 ああ、なんていう結末。

 こんなことになるなら、手に入れなければよかった。


 こうして俺は、絶句するアリスを置いて、幸せの生徒会室から消えた。

 願わくば、彼女の記憶からもすっぱりと消えて、アリスが幸せな道へ進むことへ願う。




     *




 一緒に行こうと決めていた進学校も、勝手に進路を変えて、数ランクおとした。

 親には心配されたけど、なんとか演じた。

 ばれているかもしれないが、さすがの親でも、まさか『生き別れた妹と付き合っていた』なんて結論には至らないだろう。


 大丈夫。

 俺は大丈夫――そして、高校生活が始まった。


 まったく大丈夫ではない方向へと向かって。


「ホームルームを始める前に、一人、転校生を紹介します」


 これが、俺の第二の人生のスタート合図だった。

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