生意気な演劇部の後輩が、エチュードと称して死ぬほど俺を誘惑してくる

八星 こはく

第1話 エチュードって知ってます?

※ASMR形式。ヒロインの台詞+ト書きのみ





 放課後の演劇部部室。部室にいるのは自分と、後輩の倉田亜矢奈くらたあやなの二人だけ。


「先輩、エチュードって知ってます?」

「聞いたことはある? まあそうですよね。いわゆる即興劇ってやつです」

「演劇部の練習としては、結構一般的みたいですよ」


 あまり感情のこもっていない、淡々としたいつもの声。


「急にどうしたんだ? って……私なりに、いろいろ調べたんです。演劇部の練習方法」

「だって、私と先輩しか部員はいないし、顧問だって幽霊顧問ですから」


 不満そうな声。


「毎日毎日、基礎練習の繰り返し」

「さすがに飽きてきました」

「もっと部員が増えればいろんな練習もできる? そう言い続けて、もう半年も経ったんですよ!?」


 声を荒げたわけではないが、静かな怒りが伝わってくる声。


「まったく先輩は……」

「ごめん? それは聞き飽きてます」

「とにかく今日から、練習に取り入れますよ、エチュード」

「エチュードなら、二人でだってできますからね」


「というわけで私、二人でもできるエチュードのテーマを考えてきたんです」

「褒めてくれたっていいんですよ?」

「……ありがとうございます。まあ別に、先輩に褒められたって特に嬉しくはないんですが……」


「では発表します。エチュードのテーマは、ずばり……」

「恋人同士、です!」


 かなり得意げな声。


「これなら二人で十分です」

「しかも、いろんなパターンがあって、毎日いろんな練習ができます」

「いろんなパターンってなにか? まったく、それくらい自分で考えてください。まあ、私は優しいので、丁寧に教えてあげますが」


 コホン、と亜矢奈が咳払いをする。


「たとえば、幼馴染同士のカップル。兄妹同士の禁断の愛。先輩後輩。主人とメイド。親が決めた許嫁……等々、です。いくらでもあるじゃないですか」

「じゃあ先輩、さっそくですけど、今日はどんな設定がいいですか?」


 亜矢奈がぐいっ、と顔を近づけてきて、距離が近くなる。


「恋人同士なんて恥ずかしすぎる? 先輩、なに男子小学生みたいなこと言ってるんですか」


 呆れたように溜息を吐く亜矢奈。


「まあ、先輩は彼女もいたことないみたいですし、そういう気持ちも分かりますが」

「エチュードの間だけでも彼女ができるんですから、むしろ喜ぶべきでは?」


「分かったってなんですか、分かったって。もっと嬉しそうにしてください」

「とにかく、恋人同士でエチュード、しますよ」

「さっさとテーマ決めちゃいましょう」


 少しだけ早口で喋る。


「初日なので、特別に先輩に選ばせてあげます」

「……ふーん? ご主人様とメイド? 先輩って、そういう性癖だったんですか」

「違う? 特殊な設定だから、やりやすそうだと思っただけ?」

「へえ。まあ、そういうことにしておいてもいいですよ。別に、先輩の性癖なんてどうでもいいですし」


 淡々と話す亜矢奈。


「では、始めましょうか」


 パン! と亜矢奈が両手を叩く。

 そして、声ががらっと変わり、甘い声になる。


「ご主人様、おかえりなさいませ」

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