第8話 また後で

「私なら構わないが」


 イグジストは慈愛を瞳にたたえつつ微笑した。


「それなら君が湯あみを終える頃に、君の寝室に私が行こう」

「だったら俺が……」

「私の部屋では君はきっとくつろげない。贅沢に釣られるタイプじゃないからね」


 それは、皇帝の寝室が豪華であるのは当然のことであり、一年の半数以上は寝袋で寝ている自分からしたら目がチカチカして身体も硬直するだろう。

 だから皇帝の方が妥協して、薄汚い異邦人の部屋で眠ると言う。


「……ありがとう」

「私も獣の姿で誰かと寝るのは記憶にないな。君は私が怖くないのか?」

「別に怖いと思うことはされてない」

「あんなに大きく、鋭い牙を持っていても?」

「あんたが俺を傷つけようとするはずがないじゃないか。三千年ぶりに結界を超えた妃候補なんだろう?」

「それもそうだ」


 ぷっと吹き出し笑った彼が、なぜだか急に愛おしい。

 きっと側近や護衛兵の前ではいついかなる時にでも背筋を伸ばし、気を張っていることだろう。それが、自分と一緒にいるときは、こんなにくだけで満面の笑みさえ浮かべている。

 

「それでは、また後で」


 肩越しに微笑みながらイグジストは側近に前後左右護られながら部屋を出た。

 蓮は皿に残された最後の一個のから揚げを摘まみ食いして頬を大きく膨らませた。

 考えてみれば、自分の方がご無沙汰だ。

 そういう関係になだれ込んでも拒めるような気がしない。


 ともかく、最上のセーフティブランケットを確保した心は踊っている。

 唐揚げを食べ終えた漣は、使用人から水を張ったフィンガーボールを差し出され、油にまみれた手を洗う。水には薔薇の花びらまで浮いている。


「失礼致します」


 使用人は濡れた漣の両手をタオルで拭くまでしてくれる。

 高貴な御方の生活は、こんなものかと感じ入る。

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