伝説の国のもふもふ白狼皇帝に捕らえられ、ラブ抜き結婚を迫られています

手塚エマ

第一章 ここはどこ?

第1話 夏の北欧

 北欧の夏はバカンスにもってこいだということはあまり知られていない。

 北欧はといえば、葉が落ちた針緑樹の繊細な枝ぶりの銀世界でトナカイが引くソリに乗るアトラクションが真っ先に浮かぶだろう。

 だが、国土の八割を森林が、そのうちの八万を超える湖の湖畔では、夏には湖畔でのキャンプやハイキング、水泳やベリー摘みといったアクティビティを楽しむ人々が歓声をあげている。

 

 半袖のポロシャツにジーンズといった軽装の五十崎漣いそざきれんが首からカメラを下げたまま、湖畔に近づく。すると、岩の上で日光浴をしていたていのあざらしが、ぽちゃんと湖に飛び込んだ。


 しかし、蓮の目的はバカンスではない。

 

 ミュージシャンの親友にCDのカバージャケットの写真を撮って欲しいと言われたからだ。

 カメラを構え、澄み切った水面に写り込む針葉樹にカメラを向けて、何度かシャッターを切っていると、携帯の着信音がした。

 送信者の名前を見るなり眉間に軽く皺が寄る。


「ごめん。悪い。つい夢中になっちゃって」

「一日三度は安否を報せるって言っただろう」


 電話の相手は蓮にジャケットカバーを依頼してきた中田優斗なかたゆうとだ。

 その分、こちらの安全には責任を感じているのだろう。

 蓮がラインやメールだけでなく、エックスにもまめに画像をアップしていても、声を聞かないと安心できないと豪語する。

 

「大丈夫だって。この辺りは英語も通じる」

「英語が通じる地方にいるなら、まだましか」

「フリーのカメラマンで英語がしゃべれないなんて素人だろ」

「まあ、お前は戦場カメラマンだったこともあるから経験豊富なのは認めている。だけど」

「わかってるって。油断はしない」


 漣は「もう切るぞ」とそっけなく通話を終えた。あと数時間もすれば、きっとまたかかってくる。


 

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