第21話 待ってたんだよ



 暁生は無意識に電話をかけていた。


『はい』


 春臣はすぐに電話に出た。


「僕だけど」

『どうだった? 大丈夫?』


 心配そうな声がする。暁生は泣きそうな気持ちになった。


「今すぐ会いたいって言ったらどうする?」


 一瞬、間があいて、さらに不安そうな声になる。


『何かあった?』

「違う、君にただ会いたいって思っただけ」

『俺、今、暁生さんのアパートにいるけど、迎えに行った方がいい?』


 春臣の声は何だか切羽詰まって聞こえた。

 自分の事を心配してくれている人がいるって、すごくうれしい事だと思った。


「ううん、すぐに帰るから待ってて」

『急がなくていいよ。ずっといるから』

「うん」


 暁生は電話を切った。

 歩き始めると、何だかむしょうに声を上げて泣きたい気持ちになる。


 自分は一人じゃない。

 待っていてくれている人がいるんだ。


 走るつもりはなかったのに、気がつけば走るように駅の改札を抜けていた。

 電車が入ってくる。乗り込んで空席はあったが、座らずにドアのそばに立った。


 気持ちが焦る。

 早く、春臣の顔が見たい。

 駅に到着すると、すぐに電車を降りた。それから走った。


 アパートの前で立ち止まり、見上げると明りがついていた。

 一気に階段を駆け上がり、ドアの前で、はあ、はあと息を吐いた。

 

 こんなに走ったのは久しぶりだ。

 額に汗がにじんでいて、それをぬぐって深呼吸した。


「ただいま、春臣?」


 ドアを開けて中に呼びかけると、春臣がすぐに出てきた。

 暁生は思わず抱きついていた。


「わっ、ど、どうしたの?」


 驚いた声が頭上で聞こえたが、彼は優しく抱き返してくれた。


「君が好きだ」

「えっ?」


 春臣がさらに驚いて、暁生の顔を見た。


「え、何々? なんかあった?」


 逆に不安そうな顔をしている。

 暁生は首を振った。


「言いたかったから」


 暁生の目が潤むと、春臣はぎゅっと強く肩をつかんだ。


「嫌な事があったんだろ」

「違う、その逆。君の事がすごく好きだって確信したんだ」

「ん?」


 春臣は、不思議そうな声を出したがすぐに、


「それ、めちゃくちゃうれしいんだけど」


 と、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「ねえ、キスしてもいい?」


 春臣の言葉に、暁生はドキッとして体をこわばらせた。

 小さく頷くと春臣が顔を寄せて優しく唇に触れた。


「なんだか照れるな」


 すぐに離して頭をかく。

 暁生とは、初めてのキスだった。

 心臓がすごくドキドキしている。

 黙っていると、


「どうしたの? 大丈夫?」


 と、顔をのぞきこまれた。ますます恥ずかしい。

 暁生は思い切って尋ねた。


「……嫌じゃなかった?」

「は?」

「僕とその……キス」

「まさか!」


 春臣は驚いてから、暁生の耳元で囁いた。


 ――本当はもっとしたかったんだけど、暁生さんが恥ずかしそうにするから、それがうつった。


 暁生が呆気にとられる。

 にいっと春臣が笑って、暁生の腕を引いた。


「部屋に入ろうよ、俺、夕食作って待ってたんだよ。今日はカレーにした」


 確かにカレーのいい匂いがする。


「俺、カレー大好きなんだ」


 春臣が言って、暁生を見た。


「比べちゃダメだけど、暁生さんはもっと好きだよ」


 何だか上機嫌な春臣を見て、ぷっと吹き出す。

 狭い部屋なのに、背中に腕をまわして二人で歩いた。

 くっついた体温をいつまでも感じていたい。

 春臣もそうだったのだろうか。背中に回る腕がさらに強くなった。


「ねえ、暁生さん」

「ん?」


 もう一度、春臣が顔を寄せてきた。暁生は目を閉じて、もう一度キスをする。さっきよりは少し長かった。


「今度からは、いちいち言わないからね」

「分かった……」


 暁生は小さく頷いて、二人で笑った。




                 完

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