第8話 消去



 春臣とあんな別れ方をしてから、暁生は気落ちしていた。

 謝った方がいいのだろうか。

 でも、連絡するのが怖かった。

 なぜ、あの時自分は泣いたのだろう。

 彼は高校生で、好きの対象じゃない。

 そう思っていたのに、いつの間にか意識していたのだろうか。


 連絡しようかどうか迷いながら、結局、春臣の電話番号を消去した。

 泣いたのは、悲しかったからだ。

 それは分かる。

 けれど、春臣は自分のことを兄のようだと思っていた、と言っていた。

 それが真実なのだから、もうかかわらない方がいいんだと思う。

 いっそのこと携帯電話そのものを交換しようかと考えたが、そこまでする理由がなかった。



 春臣からも連絡はなく、自分からは消去してしまったため、連絡を取ることはできなかった。それから、数日が過ぎた。

 休みの日、昼近くに目が覚めた。

 面倒くさいので外で食べようかと思い、着替えて出かけようとドアを開けると、目の前に上背のある少年が立っていて、心臓が止まりそうなほど驚いた。


「うわっ」

「あっ、すみません、脅かせてっ」


 男らしい声が焦っている。少年は学生服を着ていた。野球部員なのかと思わせる角刈りで、思いのほか綺麗な目をしている。鼻筋も通っていて男前だ。


「だ、誰かな……?」

「俺、春臣の友だちで森岡もりおかって言います」


 春臣の名前が出て胸が痛んだが、それを無視して少年の話を一通り聞く。


「君、前に春臣とケンカしてた子だよね」


 森岡は口を閉じると小さくうつむいた。見た事あると思った。 春臣と出会うキッカケを作った男だ。


「春臣の友だちなの?」

「あの日……、俺たち喧嘩してて……。あなたに止めてもらってから冷静になりました。それからは、謝って仲直りしてます」

「そうなんだ。あ、ごめん、悪いけど、これからご飯を食べに行くんだ」

「一緒に行ってもいいですか?」

「え?」

「あなたと春臣が仲がいいの知っていて、ずっと気になっていたんです。でも、最近、春臣と一緒にいないから」

「ああ……」


 暁生は部屋の鍵を閉めると歩き出した。なぜか、森岡がついてくる。

 ついて来るなと言うのも大人気ない気がして、そのままにしておいた。

 なぜ、ついてくるのか。

 森岡にとっては、自分をよく知っているのかも知れないが、こちらからすると初対面に近い。だが、高校生にそれを求めるのは無駄なのかも知れなかった。


 近くのファミレスに入る。

 当たり前のように森岡も一緒に座った。

 二人分の水が用意される。メニューを決めて、仕方なく森岡にも渡した。


「いいんですか?」

「いいよ。好きなの注文して」

「ありがとうございます」


 これがいけないのだろうか。

 森岡の顔が輝くのを見て、しまった、と思ったが後の祭りだ。


「最近、一人なんですね」

「どこかで見てる?」

「ち、違いますっ。あなたは俺の憧れで」

「は?」


 拍子抜けする。憧れと言われても、何も知らないのに。


「たまにです。たまに、アパートの近くまで来て……」

「そういえば、家はこの辺りなの?」

「はい。近所です」


 合点がいく。だから、初めて会ったとき、家の近くで二人は喧嘩をしていたのだ。

 ウエイトレスがA定食を二つ持って来て、話が中断した。

 森岡は勢いよく味噌汁をすすった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る