音楽が聞こえる
春野 セイ
第1話 雨の気配
「音楽が聞こえる」
「え?」
「ピアノの音です。どこから聞こえるんだろう」
そう言い出したのは六歳年下の
雑誌を眺めていた
「……聞こえないよ」
「外からですよ」
宿題をしていた春臣は立ち上がると、ベランダの方へ歩いて行った。十七歳なのに、すでに身長は百八十センチ近くある。
春臣はベランダを開けると身を乗り出した。くるぶしがくっきりと浮き出る。それを見つめていると、春臣がくるりと向き直った。
「あんまり上手じゃないな」
苦笑して部屋に戻り、宿題を始めた。シャーペンの芯が紙の上を走る音がしていたが、ぴたりと止まる。
「ピアノの音なんて初めて聞いた。夜とか聞こえますか?」
「気にしたことない」
「だろうと思った」
「シャーペンの音ならよく聞くけど」
「え?」
春臣の手が止まった。
「うるさかったですか?」
「気にしてない」
「暁生さん……」
春臣が何か言おうとしたとき、がたがたと窓を叩く音がした。遠くの空が暗い。雨が降りそうだ。
「傘は持って来た?」
彼が首を振るので、暁生は立ち上がり玄関へ向かった。コンビニで購入したビニールの傘が一本あるだけだった。
「本降りになる前に帰ったほうがいい。駅まで送るよ」
声をかけると、春臣は宿題をしまい、トートバッグに詰め込むと立ち上がった。
「また来てもいいですか?」
「休みの日なら」
春臣がホッとした顔をする。
「ありがとうございます」
「降り出す前に行こう」
促すと、春臣がスニーカーを履いて外へ出た。暁生は鍵をかけながら、ふと思い出した。
「そうだ、これを渡そうと思っていた」
「え?」
暁生はポケットから合鍵を出した。
「僕がいないときは先に入ってていいよ」
春臣がぱっと顔を上げた。
「いいんですか?」
「うん」
春臣は合鍵をじっと見つめると、頭を下げた。
何か言ったようだったが、車の音で聞こえなかった。
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