第3話 バナナの椅子を求めて
――5分後。
時刻【7時55分】
「ありましたね……」
「ウホウホ……」
「ですね……これは移動したくても無理っすね」
肩を落とし落ち込む2人の目の前には、ゴリラが愛用していたバナナ型の椅子があった。
椅子がある場所は、ゴリラとあまり仲の良くない
その上には、課長代理が愛用している色鮮やかなキジの刺繍されたタオルが無造作に掛けられていた。
なので、動かすことに踏ん切りがつかなかった。
しかも、今年度から会社全体でフリーアドレスオフィス化。
誰がどの椅子や席を使おうと何の問題もないのだ。
だが、ゴリラは不思議に思っていた。
このタイミングで雉島課長代理の席に偶然バナナの椅子があることをだ。
「ウホウホ……?」
「確かに、このオフィスのみんなは、ゴリラ主任がバナナの椅子を使っていることは知っていますね」
ゴリラが心の奥底で思っていたように、このオフィスにいる誰もがこの椅子を彼が使用していることを知っていた。
思考を巡らす、ゴリラにある仮説が浮かんだ。
「ウホ……ウホ!」
「どうしたんっすか?!」
「ウホ」
「あー、確かにその可能性はあるかもですね」
「ウホウホ」
「そうですね。雉島課長代理はゴリラ主任のこと、あんまりよく思っていない感じっすもんね」
「ウホ!」
彼の読み通り雉島課長代理はフリーアドレスオフィスという仕組みを逆手に取り、部下に人気で自身の気に入らないゴリラへ嫌がらせをしていたのだ。
だから、お気に入りで専用の椅子がいつもの場所になかった。
つまり、全ては課長代理の仕業だった。
つぶらな瞳を瞬きさせながら、周囲を確認して仮説を事実と紐づけ理解していくゴリラ。
「ウホ」
「いやー、さすが勝手に持っていくのは……」
「ウホウホ」
「えっ?! どうせ陰険なアイツのことだから、これも嫌がらせに違いない?」
「ウホウホ!」
「こんな直接ケンカを売ってくるから、買うしかないって?」
この直接言葉を交わさず、本人がいない時に行ってきた陰湿な挑発に、ゴリラは野生動物の闘争本能に火が点いてしまいその場でドラミングをし始めた。
「ウホウホ! ウホウホ! ウホウホ!」
窓をガタガタと揺らすほどの轟音と咆哮。
それを落ち着かせる為に、犬太は鞄に仕込んでいたバナナをゴリラの口元へ素早く運んだ。
このバナナは、犬太の実家である奄美大島から送られてくる島バナナ。
その味は甘みと酸味が両立された濃厚な味わいのなかなか市場に出回らない高級品。
「ゴリラ主任、お、落ち着いて下さいって! アイツ、部下からの信用がなさ過ぎて課長代理になったんですから、放って置いてもその内ここからいなくなりますって」
犬太は、こうやって時折興奮して正気を失いそうになる彼を陰ながらサポートしていた。
それはゴリラが何の嫌味もなく、自分の仕事の面倒を見てくれているからだ。
犬太が1人で夜遅くまで残業をしているときは、その仕事を半分受け持ち、一緒に仕事を進め。
ミスをしたときは、決して見捨てずゴリラがいの一番に謝りに行き。
初めて担当を持った時は、ちゃんとヒアリングを行い、時には同じ目線。
時には上司としてアドバイスをしてきた。
こういった積み重ねが自分用に送られてくる高級バナナを何の躊躇いもなく消費し、正気を取り戻そうとする確固たる絆を築いていた。
そんな部下からもらった高級島バナナを咀嚼してることで、彼は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「ウホウホ!」
「いえ、僕の方こそいつもお世話になってるんで気にしないで下さいっす」
食べ終わったバナナの皮を綺麗に畳むと、オフィスのゴミ箱へ捨てず、持ち歩いているビニール袋の入れて自分の背負っていたリュックへと締まった。
これは、都会というジャングルでゴリラが生きていく上で身に付けた気遣いという優しさ。
自分以外の人たちが行き来するオフィスで、バナナの皮を捨てて臭いをさせない為だ。
「ウホウホ」
「ですよ! 怒るだけ無駄です」
「ウホウホ!」
「はい、そうっす! そんなことより、ゴリラさんに合う椅子を探さないと」
「ウホ」
時刻【8:05】
2人は、始業時間が刻々と差し迫る中。
再びオフィスの中を捜索し始めた――。
☆☆☆
――まずは、灯台下暗しという観点から、ゴリラお気入りのカフェグストのある入口付近の白色の丸テーブル付近。
次に観葉植物の鉢植えがある窓際の白色の長机。
更にはトイレ前のラベンダーの芳香剤が香ってくる仕事をするには外れの席。
そして、最後。
入口から一番端の集中したい時やリモート会議の際に利用することの多い簡素な仕切りが設けられた場所を手分けして見て回った。
すると、リモート会議をする場所の後ろであり、オフィスの一番奥。
3畳ほどの広さの物置き部屋を探していた犬太の目に、肘置きが付いたとても大きな黒革製の立派な椅子が映った。
その椅子は、丁寧にカバーを掛けられている上、埃を被っており最近使われた感じはしない。
「あっ!」
突然、部下の大きな声が聞こえたことで、その後ろで机をひっくり返しながら捜索していたゴリラは驚いていた。
その大きな身体をビクつかせて、つぶらな瞳をより丸くしている。
「ウ、ウホ?!」
「いや、これ。これっすよ! これをゴリラさんの椅子にしちゃいましょう!」
「ウホ……」
「えっ? これじゃ課長代理と、やり口が一緒じゃないかって?」
彼が気乗りしないのには理由があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます