第22話 残留の指示
その夜、広い病室のベッドで煩悶としている姿がある。
右腕を庇いつつコロコロと頻繁に寝返りをうっていた。
あ~う~、もう。
ショーティスは左手の指で額を撫でる。
指で軽くつつかれただけなのに、その瞬間に目の前に星が飛んだ気がした。
その後のウインクの破壊力も強烈である。
あれは男の子どうしが悪いことをするときの共犯であることを確認するための仕草だとは理解していた。
バルクトライには多分にそういう子供っぽさがある。
ただ、外見は色気が漏れるオジサマだった。
ショーティスは枕に顔を埋める。
あのギャップは反則だろ。
しかも、本人にその気がないとかさらに反則過ぎるよなあ。
はあ。
ショーティスは切ない溜息をつく。
体の奥の方が痺れていた。
もう、本当に好き。
何度目かの寝返りをうった。
絶対に落としてみせるぞ。
薄暗がりの中でぐっと左手を握りしめる。
今のところ、バルクトライがショーティスにみせるのは年長者としての思いやりでしかない。
それでも多少は他人よりも強く関心を持たれている自信はあった。
珈琲で胃袋をガッチリと掴んでいるというのも心強い。
ショーティスはこの先、どうやって関係を持つか作戦を考える。
風雲急を告げる時代なので、あまりのんびりしていると戦いでそれどころではなくなるかもしれなかった。
ただ、その一方で自分は従卒である。
立場的に戦場までついていくことができた。
戦いで昂ぶれば発散したくなるかもしれない。
そのときのことを想像してショーティスは恍惚とした。
快楽に抗えず果てるバルクトライの姿を目蓋の裏に浮かべる。
なんとか内なる滾りを押さえて考えを巡らせた。
とりあえず腕は完治させなくてはならない。
こんな状態では何事も上手くできないし、さすがにバルクトライも気が引けるだろう。
傷を治すためにももう寝なくちゃ。
ショーティスは色々な考えを空にするように振った頭を枕に預けた。
怪我して2日後には病室を離れる許可が医者から出る。
ショーティスは随分と慎重だなと思った。
司令官室に出頭するとすぐに珈琲を淹れてバルクトライのところへ持っていく。
嬉しそうな顔をして飲むのを見るとショーティスはホッとした。
「復帰して早々悪いねえ」
バルクトライがねぎらう。
「いえ、今までご不便をおかけしました」
「無理はするなよ」
「はい」
そう返事をしなからもショーティスは自分の代わりの従卒が任命されていないか冷や冷やしていた。
バルクトライの立場からすると複数の従卒が任命されて当番で従事するのが普通である。
バルクトライが従卒嫌いとは聞いていたが、実際に置いてみて宗旨替えしている可能性もあった。
珈琲カップを唇に当てながらバルクトライは満足げな吐息を漏らす。
「やっぱり、これ最高だ」
ソファに沈み込みながら賞賛した。
「これ飲まないとやる気出ないんだよね」
すかさずイシュタルが反応する。
「待望の珈琲にありつけたんだから、少しは真面目に働いてください」
「分かっているって。でも、もうすぐ飲めなくなるんだから少しは味わってもいいだろ?」
ショーティスはドキリとした。
まさか、従卒の任を解かれるの?
表情を曇らせるのに気がついたバルクトライが事情を説明する。
「1週間か2週間ほど艦隊を率いてくる。コールタス王国がさ、チョロチョロと船を出しているんだわ。ま、お約束の示威行動なんだけど、今回は明確な目的があるので反応しないわけにもいかないんだよね」
実に不本意そうに言った。
ショーティスは姿勢を改める。
「僕は留守番ですか?」
悔しそうな感じが出ないように神経を使った。
「まあ、病み上がりだしな」
「僕は平気です」
「とは言ってもねえ」
「じゃあ、先生に確認してみます。先生が許可を出したらいいですよね? ちょっと聞いてきます」
一礼するとショーティスは部屋から駆けだしていった。
それを見送りイシュタルがバルクトライを意味ありげに見る。
「あ。なに、その、コイツもあれぐらい熱心に働けばな、って目は?」
「いえいえ、決してそのようなことはないですよ」
「しかし、熱心なのはいいが、ショーティスは身の危険があること分かってるのか?」
「ですから閣下の目の届くところに置いておいてください」
「え? その言い方だと話してないのか?」
「なんて言うんです?」
「ケツに気をつけろとか?」
「閣下……」
「まあ、言いにくいのは確かだな。この水兵に多い習慣は」
「あの純粋そうな感じだとなおさらです」
「で、そのくせ可愛いからな」
「一応、私と戦って善戦した件は広まっているようなので、腕づくでどうこうというのはないと思いたいですが」
「困ったねえ」
そこにショーティスが駆け戻ってきた。
よほど急いできたのかうっすらと汗ばんでおり顔も僅かに赤くなっている。
確かにこの姿を見ればズボンを下げるのが出てきてもおかしくない。
ショーティスの顔はキラキラと輝いており口を開く前から言わんとすることは分かった。
「閣下。先生は無理しなければいいだろうということでした」
期待をこめてバルクトライの顔をじっと見る。
バルクトライは銀髪を撫でまわした。
「乗船中は俺の目の届くところから離れないこと。気が立っているのがいるからな。喧嘩とかに巻き込まれたら大変だ」
「了解です。閣下」
乗船が許されてほっとする。
もとよりバルクトライから離れるなと言われれば否やはない。
ショーティスは晴れやかな笑顔を見せた。
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