第21話 チャンス
「次は何が食べたい? パンにするか? それとも鶏肉がいいか?」
バルクトライは優しく問いかける。
この将軍は基本的に目下の者に気を遣うし優しかった。
なので、ショーティスに対するこの態度はいつも通りのことであり特に意味はない。
そのことを食べさせてもらっている方も感覚的に理解していた。
では、閣下を食べたいです。
そんな言葉にできない望みを胸に秘めながらショーティスはトレイの上のものに視線を巡らせた。
手羽中の骨付き肉を焼いたものが目に留まる。
「それじゃ、鶏肉をお願いしてもいいですか?」
「おう。任せておけ」
バルクトライは両手の指で肉を掴み揚げると捻って2本の骨を切り離した。
肉を食べやすい向きにしてショーティスの口元に持っていく。
顔全体を動かして骨から肉をこそげ取った。
「器用なもんだな」
とりとめも無い感想を漏らすとバルクトライはもう一方の肉を差し出す。
ショーティスは骨を持つ指が先ほどより内側に近い位置にあることを見逃さなかった。
鶏肉に歯を立てながらぷるりとした唇でバルクトライの指を食む。
さらにちろりと舌先を這わせた。
ん?
バルクトライは指先に感じたぞくりとする感触に僅かに顔の表情を動かす。
どうやら骨を持つ位置が良くなかったようだな。
幸せそうにモグモグとしているショーティスの顔を見て考える。
指を舐めたことに気付いていないようだし余計なことを言うのはやめておくか。
恐縮して自分で食べると言いだしても面倒だからな。
口を開きかけていたので、代わりに当たり障りのないことを言う。
「ショーティスは本当に美味しそうに食べるなあ」
「あ、僕ばかり食べちゃってすいません。閣下も冷める前に召し上がってください」
「俺のことは気にしないでいいぞ。育ち盛りのうえに怪我もしているんだ。なんなら俺の分も食べるか?」
「そこまで食い意地は張っていません」
ショーティスは頬を膨らませた。
「そういう顔をするとリスが頬袋に餌を溜め込んでいるように見えるな。よし、次はパンだ」
バルクトライはパンを千切って1口大にする。
「パンぐらいなら左手を使って自分で食べられます」
ショーティスはバルクトライの指からパンを取った。
「だから、閣下もちゃんと食べてくださいね」
パンを手にしたまま動かないのを見て、バルクトライはやれやれという表情になる。
それでも、大人しくスープを掬いパンを口に入れた。
その様子を確認してショーティスもパンを食べる。
それからバルクトライは食事を食べさせることと自分も食べることに忙しくなった。
ショーティスは結局バルクトライの分の鶏肉を一切れもらうことになる。
若者に餌付けするのが楽しいバルクトライが食え食えと言ったのに抗えなかったという様子をしていた。
その実、指先にキスをするチャンスに内心ノリノリである。
そんな感じで楽しく食事をしているところに足音が響いた。
2人が視線を向けるとイシュタルが規則正しい足取りで近づいてくる。
「なかなか戻ってこないので、てっきり逃げ出したのかと思いましたが……」
「すいません。僕が右手を動かせないので閣下のお手を煩わせてしまいました」
「いや、ショーティスは謝ることはない。君をダシにして金鹿亭に繰り出していなければ全く問題ない」
ショーティスはクスリと笑った。
バルクトライは文句を言う。
「そういう酷い想像するのをやめてくれないかな。ショーティスが誤解をするじゃないか」
「誤解ですか。では、まあ、そういうことにしておきましょう」
「なんか含みのある言い方だな。それで、俺の署名が必要な書類でもあるのか?」
「はい。でも、後でで結構です。食事の邪魔をするつもりはありません。逃げずに司令官室にお戻りください。もし、要塞を抜け出したら、ショーティスと一緒に探しに行きます」
「重傷のショーティスを動員するとか、イシュタル。お前酷い奴だな」
「閣下が大人しく部屋に戻ればいいだけです。それこそ人聞きの悪いことはおやめください。では、私は仕事に戻ります」
「え~。俺の評価を下げることを言うだけ言って居なくなるわけ?」
「まだ片付けなければならないことが残っておりますので。ショーティス。閣下のお守り頼んだぞ」
「それ逆……」
イシュタルはさっさと背を向けると規律的な足取りで歩み去った。
「なんだったんだ、あいつ」
バルクトライはぼやき、ショーティスはクスクスと笑う。
それからすぐに顔を引き締めた。
「僕のせいでご迷惑をかけているのに笑っている場合じゃありませんね。申し訳ありません」
「ショーティスはぜんぜん悪くないから。元をただせばイシュタルが怪我させたんだからさ、あいつがショーティスの世話をしてもいいぐらいだ」
2人の脳裏にくそ真面目なイシュタルがニコリともせず食事の介助をしている姿が浮かぶ。
バルクトライとショーティスは顔を見合わせあった。
「うん。前言撤回。想像した絵面がきつかった」
「イシュタルさんはお忙しいですもんね」
口に出してからショーティスはしまったと思う。
「それじゃあ、まるで俺は暇をしているように聞こえる……」
バルクトライの顔に満面の笑みが広がった。
もともと軍人らしくないのに子供っぽさが加わる。
「とか考えちゃって焦っているんだろ?」
バルクトライは指でショーティスの額をツンと軽く押した。
たちまちのうちに顔が赤くなる。
「すいません」
「事実そのとおりだから、怒る気にもならない。気にするな。きっとイシュタルも同じことを考えているだろうよ。と、いうことで期待には応えなくちゃな」
バルクトライは布がかかったワゴンの下からマグを取り出した。
砂糖を加えたライムジュースと料理用のワインが入っている。
「食堂の珈琲はちょっとな」
ワインの入ったマグに口をつけた。
「いいかい。あいつには内緒だぜ」
バルクトライは片目をつむる。
顔を赤くしたままのショーティスはコクンと頷いた。
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