天気輪の柱

adotra

第1話

僕は君のことが嫌いだ。


 この世で一番嫌い。

 否、違うんだ。お願いだから僕を大好きになって。


 君が僕のことを好きになるなら、僕は君のことが大好きになると思う。




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 黄金色に光る大地の上、どこまでも続く青空に浮かぶ雲から真っ直ぐに光の柱が突き刺さる。柱が刺さった場所からは階段になっていて、人々はそこから階段を登り天国へ行くという。

 それが本当だとしたら曇りや雨の日はどうするんだ、という僕の問いかけに彼は困ったような表情をして「渋滞してしまうんじゃないだろうか」ととぼけたような返答を返してきたのをよく覚えている。そんなやり取りをしながら学校帰りに道草を食いながら帰ったのはどれくらい前だったろうか。今ではそんな彼が入院する病院へ学校帰りに寄るのが日課になってしまった。

 びゅう、と鼓膜を震わせるように真冬の風が頬を撫でる。季節はすっかり冬へと切り替わり商店街を賑わせる人々も寒そうに身を丸めながら歩き、赤くなった手の甲を指先で擦る。


 小走りに商店街を抜け、病院内へと足を進める。

 病院内は広いが薄暗く老若男女が並べられた椅子に座り、呼ばれた番号に耳を傾けるように電光掲示板を見上げている。その間にも様々な人が廊下を行ったり来たりを繰り返す。


 時計の秒針のなる音。


 遠くで誰かの声を呼ぶ声。


 廊下を軽やかに走る音。


 様々な音が聞きながら階段を3階まで駆け上がり、看護士の詰め所へ軽く会釈をしてあまり綺麗とは言えない窓からは微かに光が差し込む廊下を突き当たりまで歩き扉をノックする。

 返事を待つ間もなく扉を開け病室に顔を見せれば彼は青白い顔を綻ばせ、にこりと微笑んで出迎えてくれた。


「やあ、いらっしゃい。外は寒いと見た、君の頬と鼻先が真っ赤だ」

「正解だ、とんでもなく寒いよ」


 彼の額に手を当てるとほんのりと熱い。彼は僕の手の冷たさに驚いたのか小さく身体を震わせた。


「熱があるね」

「大丈夫、すぐに下がってしまうから。それよりおお冷たい、外はこんなに冷たいのかい。暖かい飲み物を買ってくればよかったのに」

「あいにくと金欠でね」

「いつもじゃないかい、君。そら、そこに暖かいお茶がるから飲みなよ、口をつけていないから」

「そうさせてもらうよ」


 床頭台に置かれたコップへ手を伸ばし蓋を開け、湯気からほうじ茶だと理解する。しばらく両手でコップを握り小さな暖をとっていると彼は小さな本をゆっくりとした動作でページを捲る。


「何を読んでいるんだい」

「天気輪の柱についてだよ」


 彼の凛とした鈴のような声に僕は呆れたようにため息をつくとジトリと視線を向けた。薄青色の病衣から伸びる腕はここに来る前に比べ細く、青白くなった気がする。


「またその話かい」

「あれは雲の合間から光が漏れて地面に突き刺さっているだろう?死んだ人はあすこに行って、そこから天国に登って行くんだって」

「ふうん、ならば雨の日や台風の日なんかはどうするんだろうね。天気輪とやらが出なければ上に行けないんだろう?」

「待合室でもあるんじゃないのかな」

「結局それか。仮に待合室があったとしても、3日程度雨が続いてし待ったとしたらとんでもなく混むんじゃないのかい?」

「確かに。それは困るな、ああ、でも一人でないから寂しくはないね」

「なんで」


 なんで困るんだ、という言葉が喉をつっかえる。

 それを誤魔化すようにお茶を飲めば、ゴクリという音が大きく部屋に響く。


「明日、本を持ってきてくれないかい」

「どんな本がいいんだい」

「そうだなぁ、最新作はまだ出ていないのかな。あの作家さんの」

「どうだろうか、明日学校帰りに寄ってくる」

「すまないね」

「平気さ、それじゃあ、明日」

「ああ、明日」


 学帽を手に取ると僕は立ち上がり、彼の顔を見ることなく部屋を後にした。

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