第6話 思いもよらぬ弊害
――――翌朝。
「レティシエラ」
誰よりも早く、学園の校舎に登校した私は、朝早くから図書室で勉強する学生たちにまざり、過ごしていた。
そして図書室を後にして、ホームルームに戻れば、早速エドガー王太子に声を掛けられた。やはりほかの生徒のいる前では、まさに爽やかで優しそうなエドガー王太子だわ。
「心配したよ。昨日は夕食にも来なかったし、今朝は朝食にも顔を出さないんだから」
うぅ……確かにそうね。朝は購買でパンを買って済ませた。寮には私たち以外の高位貴族子女もいるだろうが、席は絶対にエドガー王太子と一緒だから……とても行く気にはならなかった。
やはり私は、二重の意味でエドガー王太子が恐い。今までのループでの所業、そしてそれによって歪んでしまったあなたが……。
「どこか体調でも悪いのかい?なら、寮へ帰ってゆっくり休んでもいいんだ」
表向きは婚約者に優しい王太子だが、本音は違うだろう。昨日のあなたの狂気を、私は忘れてはいない。
「大丈夫です」
冷静に……そう、そつなく。
心の動揺を悟られたくない。
「しかし……そうだ。一時限目の授業は付き添うよ」
それは……っ。
「ごめんなさい、私、神話論の授業を取っているので」
「……えっ」
エドガー王太子がきょとんとする。そうよね。カリキュラムを見たが、エドガー王太子が受ける授業は王国史。警備とか、立場の関係上、エドガー王太子は事前に受ける講義が決まっているから、それを受けずに別の講義を……なんてことはできないのだ。
「何で……そんな講義を……」
「興味があったので」
それは嘘ではない。エドガー王太子が絶対に取らないであろう授業を探したら、偶然見付けたのだ。女神信仰が第一のこの世界では、割と不人気な授業だろう。だって女神伝説はみんな知っているから、それはやらないのだ。やるのはあまり有名ではないほかの神々だ。
もしかしたら創世神のことだって、聞けるかもしれないから。
私はそのオリエンテーションを受けることにした。
エドガー王太子は王族だから受ける授業が決まっている。たとえ私がエドガー王太子の婚約者でも、私はまだスピア公爵令嬢なので、限定されないのだ。
「だから、ひとりで行きます」
花形の王国史に比べて、マイナーな授業は、教室の場所も離れている。
自分の授業に遅れないためにも、エドガー王太子の同行は不可能だ。
「では」
私はエドガー王太子に構わず、教室の中へと進む。しかしその時だった。
「きゃっ、いったぁいっ!」
この声は……。
「ひどぉい、レティシエラが、私が男爵令嬢だからってわざと突き飛ばしたのよ!」
ヒロイン・アンジュだった。むしろぶつかってきたのはそちらでは……?腑に落ちない感覚に陥りつつも、続いて現れた元神グイーダを見やる。
「そうだ!何て悪役令嬢なんだ!」
しかしかつては彼らの言葉に耳を傾けた攻略対象たちも、クラスメイトたちも、誰も彼らを支持しようとはせず、関わりたくないと傍観する。
「また君たちか!いい加減にしなさい!」
エドガー王太子がすかさずやってきて、私を庇うように立ち塞がる。
「王太子さまぁっ!聞いてください!レティシエラが……っ」
「軽々しくレティシエラの名を呼ぶな!本人の許可を得たわけでもなかろう!」
それは……あなたもよ。私はあなたに名前を呼ばれたくはないが……しかし婚約者だからと仕方なく諦めたのだ。
だがこの場でそれを言うわけにもいくまい。
「王太子さまぁっ!どうして私に冷たくするの!?みんなみんなおかしいよぉ……」
おかしくしたのは、アンジュとグイーダだろうに。
「えぇん……イベントをこなそうにも、全然イベントが成り立たないのぉ」
そんなこと知ったことかと言いたいが……全てがリセットされた世界では、シナリオすらリセットされてしまったようだ。だからイベントも……起こらない。
やがてホームルームの教師が来れば、アンジュに座るように促すものの全く聞きもしないアンジュとグイーダは、ホームルームを追い出されていった。
その間も『ひどい、こんなのシナリオにない』『レティシエラが虐めた』とぶつぶつと文句を言っていたが、そのおかしすぎる言動にみな、かかわり合いに成りたくないと言った表情を見せていた。
※※※
エドガー王太子から解放され、私はひとり神話論の教室に向かっていた。
「れ……レティシエラ!」
この声は……。
ふと、振り向けばそこには、攻略対象のラファエル・ゴルドがいたのだ。彼は神官長の息子で、自身も神官の資格を得ている。
そして神職でありながら、長年神殿と国のために尽くした彼の家は、伯爵家の位を持っている。
そして敬虔な女神教徒である彼は、女神に反する邪神さまを崇める私にとって、敵にも甚だしい。
それから彼に名前を呼び捨てにされる義理もないのだが……今までのループでも、まるでそう定められているかのように、私を呼び捨てで乱暴に呼んできた。
リセットされても刷り込まれている……彼にもそれが、貴族子女の礼儀以上に刷り込まれていると言うこと……?
「……っ」
突然のことで戸惑っていれば、ラファエルの方から口を開いた。
「まさかレティシエラも神話論を取るの?偶然だ」
今まではこんなにもフレンドリーに話し掛けてくることはなかった。
いや……立場上も許されることではない。私が受け入れれば……別だが。
「一緒に行こうか」
今までと真逆の態度。その上、エドガー王太子のことがあったからか、どこかで警鐘を鳴らしている。
「結構です。ひとりで行きますから」
私は公爵令嬢だ。
伯爵令息に迫られたところで、エドガー王太子の時のように従う必要もない。私は毅然とした態度でそう述べ、ひとりで先に行こうと試みたのに。
不意にぱしゅりと手首を掴まれる。
「……ちょっと……っ」
何なの!?
「行かないで。レティシエラ!せっかく……2人っきりになれたんだから」
神話論を受ける生徒は少ない。だからこそ、教室に向かう生徒もほぼいない。
「だから、一緒に行こう……?」
どうして……そこまで。
「神話論って不思議な授業だよね……年に1人か2人しか受けないのに、未だになくならない」
それが何だって言うの?学園の都合じゃない。しかし、その時気付いた。つまり彼と私の2人っきりだと言う可能性も往々にしてあり得るのだ。ここに来て、何と言うこと。女神を第一に崇める神官が、この授業を受けるだなんて思ってもいなかったし、そもそも女神以外の神が主体なのだ。
さらにはこの謎の執着度合い。
私の方が高位の令嬢でも、こうまで無理矢理手首を掴まれたら、さすがに令嬢の身では逃げられない。
「何をしているのかな」
その時、私の手首を掴むラファエルの手を制するように、手が伸びてきた。
「令嬢が嫌がっているのに、むやみに掴むものではないよ。それは、公正ではない」
その言葉で、やはりと分かる。見上げた先にあった顔は、予想外なものであったが、しかし救われたと感じたのだ。
「……っ」
そして私と同じく彼を見上げるラファエルは、彼が何なのか、誰なのかに気が付いていない。自分が崇める女神が邪であると追いやった存在であることも。
しかしラファエルは、そっとその手を外した。その
女神やグイーダによって滅茶苦茶になった世界の摂理でさえ、リセットされて正常に戻ったと言うことか。
「もうすぐ授業が始まる。2人とも、教室に入るように」
そう彼が述べれば、いつの間にか私たちは教室の手前まで来ていたことに気が付く。そして教室に入れば、机が3つ、間隔を空けて、並べてあった。
私は一番窓側に腰掛けるが、ラファエルは私の隣に座ることができなかった。
何故なら真ん中の席には……。
「やぁ、レティシエラ」
「おはよう、ルディ」
何故か学生ではないルディが平気な顔で挨拶をしてきた。本当にいつもいつも、どうやって紛れ込んでいるのやら。昨晩の能力で、教師すらだまくらかすのかとも思えば、何故か教壇には彼が立つ。
しかしそのことに不満そうなのが……ラファエルだった。
「おい、お前はどこの家の出身だ!見たことのないやつだ。どうせたいした家の出身でもないのだろう?ぼくよりも先に座るとはどういうつもりだ」
本音を言えば、私の隣に座りたがっているのだろうが。
自分が見たことがないからと言って、ルディを無理矢理避けさせようとするだなんて……!
「この学園の校則は、学園内では身分は不問とす。つまり君が言う家格が低いから譲れ……と言う訴えは認められない」
すると、彼が冷静な口調でそう告げる。
「な……何だと!?お前こそ、このぼくに対して……っ、ぼくは神官長の息子だぞ!」
だから何だと言うのか。そもそも、彼は女神の信徒ではなく、女神
「身分は不問である。席につきなさい」
彼がそう告げれば、ラファエルは不満そうにしながらも、まるでその判断には逆らえないかのように席につく。
本来なら、女神側である彼に優位なはずだった。今までのループでも散々そうだったもの。
――――だが、グイーダのように、女神のチートがことごとく無に期しているのだ。
そして授業の始まりを告げるベルが鳴れば、彼が告げる。
「さて、授業を始めよう」
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