第5話 世界のバグ


――――本当はこんな時間に学園の敷地を抜け出すのは校則で禁止されているのだけど。

ルディに付いて出れば寮の守衛も掻い潜り、難なく学園の外に出られてしまった。


「さぁ、どうぞ。レティシエラ」

ルディが案内した方向には、家紋も何もない馬車がある。

夜だからか、いっそう不気味に見える黒塗りの馬車。しかし徒歩で実家までは時間がかかりすぎる。

私はルディの手を取り、馬車へと乗り込んだ。


馬車は難なく実家に辿り着く。しかも裏口だ。ルディはいつの間に裏口のことなど知ったのだろうか。

さらに裏口にだって見張りがいるはずなのに、見張りは馬車も私たちのことも気にしていない。本来ならば出入りする人間を確認せねばならないのだが。

それは彼の職務怠慢……ではなさそう。

強制力のなくなった世界では、まるでルディのあらゆるチートが生きている。いや……もしかしたら元々かもしれない。何故なら前回のループで、私とルディは出会ったのだ。そして殺されたはずのルディが、当然のように生きて私に会いに来た。

考えられることと言えば……邪神さまだろうけど。それだけで……?私を……?

確かに一緒に暮らしたけれど……。ルディも少なさからず、私のことを思ってくれていたのだろうか。


そしてルディの後に続いて歩みを進める。あれ……ルディはうちの間取りすら把握している……?

思えばあのカードも、きっとルディが届けたのよね。会いに行けば逃げれば良かったと言われても、あのカードが屋敷にあった時点で、ルディは私が自分に会いに来てくれるのかを試していたような気がするのだ。

一体何のために……。


「出来るだけ静かにしてね。あれは並々ならぬ執着だ。万が一気付かれたら困る」

今までは誰にも気付かれなかったが……執着……。私への執着があるからこそ、気が付かれる可能性がある……?

いや、むしろ、周囲は私たちが見えないわけではないのだと思う。限りなく注視していないのである。

ただ空気のように、流している景色の一部のように。


そしてルディが口の前に人差し指を添えると、扉をそっと開いた。

その部屋には、後ろ向きにお父さまが立っている。何をしているのか……視線の先を追えば、気が付いた。


そこには……。


「ひ……っ」

思わず漏れた悲鳴に、ぐわりとお父さまが振り返る。しかしお父さまの目が私を捉えることはない。私はルディによって廊下の暗がりに引き込まれて、お父さまには見えないようにされている。


「いけない……閉めるのを忘れてしまったか」

お父さまがゆっくりと歩いてくる。


トクン、トクンと心臓が高鳴る。


しかし必死で声を抑えていれば、お父さまがゆっくりと扉を閉めた。

そしてお父さまは、その……壁、天井一面にところせましと飾られた私の写真に囲まれながら、過ごすのか。さらには扉の先から呟きが聴こえてくる。


『あぁ、レティシエラ……レティシエラ。私のレティシエラ……。学園に通わせるのは貴族の義務だから仕方がないけれど……でも卒業したら……』

卒業したら……?


『ず――――っとこの屋敷でお父さまと過ごそうか。もう外には出さないからね。外は危険がたくさんだ。もちろん王太子にも渡さない。私の総力を以て、あんな婚約は破棄させてあげよう。レティシエラを一生手放したくないんだ……』

卒業したら、私はエドガー王太子に嫁ぐはずである。しかし卒業後、輿入れする日までは実家で過ごすことは許されている。だから帰ればすかさず実家に閉じ込められ、城に助けを求めてもエドガー王太子に閉じ込められるのだ。


「八方塞がりじゃない」

帰りの馬車のなかでふつりと漏らす。


「学園に戻っても詰む、実家に戻っても詰む」

「それが……?」

しかしルディはけろっとしたようすで答える。


「レティシエラが還る場所はもう、決まっているだろう?」

まるで、邪神さまの神殿にしか居場所がないと言われているような……。


「でも、公爵に関しては、レティシエラにも責任があるかなぁ」

「……どういうこと……?」


「刷り込みだよ」

刷り込みって……親から子に刷り込まれるものよね……?どうして私から……お父さまに?


「レティシエラは王太子とは婚約解消したい、嫁ぎたくない、そうループするごとにスピア公爵に訴えたね」

「……そうね」

だってそれが、断罪を回避する第一条件だと思ったから。結局はダメだったし、15歳になって学園に入学すれば、シナリオの強制力に囚われ、みながみなでなくなるのだ。


お父さまもまた……。


「たとえリセットされても、本当に愛した人間の願いは何度も何度も魂に刷り込まれている」

お父さまは……私を愛してくれていた……。父として、娘の私を……。


「だからこそ、リセットされた公爵は本能のままにレティシエラを婚約などさせず、断罪何て言う悲劇に遭わせないよう、君が死なないよう閉じ込めようとしているんだ」

「……それが……お父さまに発生したバグってことね……」

「その通り。レティシエラ、レティシエラは学生のうちはともかく、卒業後、少し顔を見せただけでもあのスピア公爵によって囚われるだろうね」

「信じたくはないけれど、あれを見た後じゃぁ……」

ルディの言葉を否定するわけにも行くまい。

あんな狂気を見せ付けられたのは二度目だからこそ、尻込みしてしまう。


「けど……学園も今後どうしたら……」

何せあんなことがあった後だ。


「寮にいた方がいいのかしら」

「なら、王太子の思いのままだね」

「……それは……」

看病と称して、私の部屋を訪れることもあるかもしれない。みなが授業に行っている間に、エドガー王太子は執務があれば寮の執務室にいられるのだ。


「けれど、多分人前では理想の王太子を演じるんじゃないのかな」

だから、私は学園の授業を受けに行った方がいいと言うことか……。

エドガー王太子が取りそうな授業なら……何となく予想はつく。私はその授業を避ければいい。そうすればエドガー王太子に脅かされる機会も減る……わよね。


「じゃぁ、帰りは送るよ」

「……わ、分かったわ」

私は再びルディに馬車に乗せてもらい、寮へと帰還した。相変わらず、誰にも止められることなく、自室に戻れるのが不思議だったが。


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