第5話 少女の役割
「それにさ、何かあったら、私が何とかしてあげるから」
ひとしきり笑って、人口の月もようやく燃え尽きた頃、緋色がぽつりとそう言った。
それはきっと、楽しまなきゃ損だという言葉の続きなのだろう。
「ホントはさ、巻き込んじゃったかなーなんて思ってて。責任感じてるんだよね」
「ま、巻き込んだって?」
「三和切君がこっちの世界に来ちゃったのって、もしかしたら私が原因なんじゃないかなってさ」
ドクン、と心臓が強く鳴る。
自分がココに来てしまった原因。
一葉には理由がなさすぎる。見た目も、性格も、頭の良さも、運動神経も全てが凡庸で、これといった取り柄もないし、何か信念があるとか、とんでもない夢があるとか、そう言った精神的な強さもない。
さらに言えば、家庭の事情が複雑とか大変な過去なんてのもない。
こういうことはもっと特徴がある人にこそ相応しく、どう考えても一葉ではない。
そう、彼女は見た目が良く、性格は明るく、頭も良ければ運動神経もいい。
全てが凡庸の三和切一葉と、全てに秀でている愛和緋色。
彼女の「都合」に巻き込まれた、というならここに来てしまった理由も納得できる。
「どうして、そう思うの……?」
「私のこの世界での役割がね、<英雄>なんだ。だから、多分何か理由があって私はこっちの世界に来たんだと思ってる」
まっすぐ前を向いて、ハッキリとした口調で言う。
その目は遠くを見つめ、まるでこの先に訪れる運命に立ち向かうかのような、静かな強さがあった。
「強く、自分が何者かって考えると、頭に浮かんでくるんだ。ルーさんに聞いたんだけど、この世界ではね、そういう何か特別な役割を持った人達がいるんだよ。で、気が付いたら私は<英雄>だった。だから私は、いつか<英雄>として誰かを救わなきゃいけないんだと思ってる」
そこで言葉を切り、彼女は苦笑した。
「……だ誰を何からどう救うのかは、分からないけどね」
だからごめんねと、緋色は言う。一葉には言っていることの半分も分からなかったが、「英雄」として緋色が呼ばれたということだけは理解できた。
きっと誰かが緋色に英雄として世界を救って欲しという理由があって本は光ったのだ。ならば自分は偶々その場にいただけで、運悪く一緒についてきてしまったに過ぎないのだろう。
「そっか……」
一葉はなんとかため息混じりにそれだけ言った。
緋色のせいでこんな目に遭っている。
もしもっと早く告げられていたら、自分が元凶だという彼女に対して怒りをぶつけてしまったかもしれない。けれど、あんなふうに元気づけられた手前、一葉は怒る気にもなれず、返すべき言葉が見つからなかった。
「三和切君はどう? 私が<英雄>なら、三和切君も何か
「えぇ、そんなこと言われても……」
いきなりの提案に戸惑っといると、緋色が「やってみて」と顔を近づけながら再度促してきた。
その圧に押され、仕方なく目を閉じ言われた通り考えてみる。
(自分が何者か、自分が何者か、……これでいいのかな?)
確証も持てないまま続けてみる。
「……特に、何も起きない、けど」
十秒ほどやってみたがコレと言って何も起きない。
やはり、自分は何者でもないのだろうと一葉は結論付けた。
「じゃあ、三和切君は
「巻き込まれた一般人、とかかと思った」
「なにそれー」
ハハハ、と緋色は笑うが、どこか先ほどまでの明るさが欠けているように一葉は思う。
「よしっ、じゃあ、そろそろ中に戻ろうか」
もし自分にも何か特別な役割があったら。
それは物語の王道のようで、普通は気分が高揚するのかもしれない。
でもそれより――――、
(もし自分が何者かだったら……。僕にも何かココに来た意味があったら)
彼女の罪悪感が少しでも薄れたのだろうか。
「はーやーくー」
緋色に急かされて、体が動き出す。
「う、うん」
最後にもう一度、忘れないようにと、夜空を振り返った。
夜空に浮かぶ薄い青と赤色の二つの月。
まだ何も分からない場所だけど、これだけは好きになれそうだと、一葉は思った。
◇◆◇◆◇
「ただいまー、って起きてる!」
船内、一葉の部屋に戻ってきた途端、緋色は大声を上げた。
入口で立ち止まっている緋色の肩ごしに部屋の中を見ると、机の上で寝ていた子が目を覚ましていた。
(やっぱり、生きてるんだ)
手のひらサイズの小さな少女を、改めて観察してしまう。
小さな体に小さな手足を持った小人は、タオルの上に座りながら、ただ小さな瞳でこちらをまっすぐ見ていた。
「こんにちは。初めまして私はヒイロっていいます。あなたのお名前は何て言うの?」
緋色が顔を近づけ、笑顔で少女に名前を尋ねる。
対して少女は感情を表さないタイプなのか、無表情のまま僅かに口を開いた。
「……ン」
「ん?」
小人は声も小さいのか、顔を近づけている緋色も聞き取ることはできなかったようだ。もう一回言ってと緋色がお願いすると、今度はハッキリと聞こえる声で、少女は言った。
「シオン」
鈴を思わせる、小さくも耳まで届く高めの声。
シオン、それが少女の名前のようだ。
「シオンね。よろしく。でね、街が落とされちゃってさ、シオンはこっちの三和切君と一緒にいたから、連れてきちゃったんだ。ね、シオンはあの街に住んでたんだよね?
「……?」
緋色の問いに、シオンは少しだけ首をかしげる。
その様子は自分が何を問いかけられているのかすらも分かっていないかのようだった。
「あー、やっぱりダメかー」
そう言いながら緋色は両手を腰に当て、大きなため息をついた。
「え、ダメって? この子は記憶喪失か何かなの?」
「いや、違くてね、この子、フェアリーなんだよ」
「……ふぇありー、フェアリーって、妖精?」
「そ、
妖精と言えば掌に乗るような大きさで、羽の生えた姿が思い出される。
大きさはそのイメージと会っているが、彼女には羽は生えて無さそうだ。
結局どんな存在なのだろうかと、さっぱり理解が出来ていない一葉を見て、緋色が「うーん」と唸ってから口を開いた。
「何て言うのかな……。魔法生命体の一種でー、あー、アレだ、魔法少女のお供的な、あんな感じ。この子も
しどろもどろに説明しながら、「ごめんね、私も詳しくなくて」と言う。
「えーと、とにかく、この子を作った人とはぐれちゃって、この子も状況がよく分かってないって事?」
「そうだろね。疑似的な記憶能力とか思考能力だから、状況判断とかそういうのはできないと思う」
「じゃあ、なんで僕と一緒にいたのかも……」
「うん、この子自身も分かってないんじゃないかな」
シオンが一葉と一緒にいた理由。それも分からない事の一つだ。
この少女だけが頼りだったのだのだが、彼女は自分の状況すら理解できていないと言う。これではシオンをどこに送ればいいのかも分からない。
「
「……おなか、すいた」
照れるでもなく申し訳なさそうにするでもなく、相変わらず無表情のまま、まっすぐと空腹を主張するシオン。
「ええ!
まさか、というように緋色が驚く。
そんな彼女の様子など気にも留めずに、シオンは再び口を開いた。
「おなかすいた」
そんなことより食事の方が重要だというかのような力強さに、緋色はキョトンと目を丸くした後、笑いながら小さな少女に向かって右手を差し出した。
「あはは、そっか。りょーかい。ご飯にしよう」
(なんていうか、見た目に反して逞しい子だな……)
そんなんでいいのかなと思わないでもないが、本人がそう言っているのだから、自分達が悩んでも仕方ないだろう。
「三和切君も食べるでしょ? 温めなおしてあげるよ」
「ん、ああ、そうだね。ありがとう」
緋色の右手によじ登っているシオンを見ていた一葉は、言われてようやく自分自身も空腹なことに気が付き、すっかり冷めてしまったトレイを持った。
「よしよし、じゃあ、二人でご飯だね」
そんな一葉の様子に満足したのか、緋色はうんうん頷くと、右手の上のシオンと一緒に部屋を出ていく。
気が付けば食欲も戻ってきていることを嬉しく思いながら、一葉も後を追った。
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