第8話仲間の過去


 オシリスに入隊して間もない頃、『フレムの地雷を踏まないため』という理由から彼女の出生と、彼女がオシリスに保護された10歳の頃の話をレモンとスーリがしてくれた。本人のいないところで複雑なバックボーンを聞いてしまうのは躊躇したが、これはフレムのためでもあると無理やり納得した。

 インベーダーによる侵略戦争が勃発する以前から多様な人種が織り成すアメリカ大陸。そこには今の合衆国を作り上げた開拓者よりも昔からこの大地で生活をする先住民がいた。

 フレムはいくつもある先住民族の1つに連なる人間だった。開拓者からの差別や迫害に抗った結果破れてしまった彼らは、政府の定めた居留地で生活を送っていた。

 それは激しい競争社会であるアメリカの価値観に馴染めなかったとも、自分たちの価値観を一方的に塗りつぶした恨みとも言われているが、そんな問題はインベーダーの襲来の前には些末なことだった。

 フレムはあらゆるものに憎しみを抱いていた。宇宙からの招かれざる客という脅威を前にして未だに過去の因習に囚われる部族とその原因を作り上げた政府。どちらの言い分から感じる矛盾を、両方を憎むという形で発散していた。

 部族に伝わる格闘技術や武器を幼い頃から扱えてしまう才能もそれを助長させていた。欲しくもなかった才能が自分より劣る人間を作り上げてしまう不幸。恵まれている自覚がありながらそれを邪魔と感じてしまう自身の傲慢さ。ホワイトアントの存在ですべてがギリギリの瀬戸際にある時代でなければ、もっと妥協できたのに。

 ワシントンが事実上陥落して数年、多くの国民が空母やアラスカ州へと移動する中、フレムの部族も政府からの避難勧告に応じることになった。居留地を囲うように形成されているコロニーに陽動攻撃を仕掛け、そのスキに輸送ヘリで町から離れるという作戦だった。住み慣れた土地を離れるのは10歳の少女にとっては辛くとも選択の余地などない。

 だが悲劇が起きた。明らかに異なる指揮系統を持ったホワイトアントの一団が町を襲ったのだ。ガンナーの生体ミサイルが彼女の乗った輸送ヘリに直撃して墜落。朦朧とする意識の中で彼女は部族の仲間や軍人が殺される地獄絵図を狭い機内の中で目撃してしまった。

 目の前にまで迫る死に対して冷静でいられるほど彼女は鈍くない。このままでは殺されてしまう、だけどいくら大人を圧倒する格闘技術を持っていると言っても幼い自分が戦えるわけない。焦りと恐怖は聡明な彼女の思考を鈍らせ、墜落の衝撃で目の前に転がっていた無針注射器の魅力に抗えなかった。

 適合した人間に絶大な力を与えるセイヴィアを収めた注射器を、一瞬の迷いもなく自分に投与した。どうせ殺されるなら怪物どもも道連れにしてやる。当時の彼女はそう考えていたようだ。

 だが投与した直後、彼女は全身を熱した鉄パイプで貫かれるような激痛に喘いだ。ゴリゴリと体内から肉がなくなる感覚に支配され、狭い機内の中で苦悶の叫びを上げ続けた。

 本来アメリカ政府が作った純正のセイヴィア・ノーマルであれば、たとえ適合しなくても人体に対する副作用は存在しないはずだった。しかし彼女が使った注射器には不純物が混じっていた。

 かつてアメリカと世界を二分していたユーラシア北部の犯罪国家もまた独自のセイヴィアの製造に取り掛かったが、技術不足の彼らの作り上げたセイヴィアは信じられない粗悪品だったのだ。適合の有無に関わらず投与した人間に地獄の苦しみと後遺症を与える劣化品で、正式な名前があるにも関わらず『セイヴィア・ディテリオレイション』という侮蔑的な名前が広まった。

 一部のアメリカ軍将校が製造費用の一部を横領するために自国製のセイヴィアの不足分を劣化品で水増しする事件が発生、回収しきれなかった混ぜものの1つを、彼女は不運にも使ってしまったのだ。

 当時既にレモンが代表を努めていたオシリスの救援部隊が駆けつけるまで生き残ることができたのは、純正のセイヴィアに適合したことによる免疫作用と、誰かの陰謀によって家族たちが化物どもに殺されたことによる憎しみがあったからだった。こんなところで死にたくない、こんなバカげたことをしたやつをこの手で必ず殺してやる。

 世界を元に戻すという夢物語を現実にしようと茨の道を歩むレモンと、輸送ヘリの中で発狂して暴れまわっていた自分を優しく抱きしめ、落ち着かせてくれたスーリ。2人の家族を得た今もそれは変わっていない。


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