泥酔は愛をも歪める

辺伊豆ありか

君に泥酔

 今日は仕事が全くうまくいかなかったので、一人で家で日本酒を飲んでいる。


 タバコをつまみにしばらく呑んだ。

 賃貸だからって。一回くらい吸ったっていいだろ。水色が鮮やかな箱をくしゃりと丸めて投げる。この煙の量もお気に入りだ。

 ああ、一気に飲んだから、深く酔っている。僕はこういう時、全てのルールを崩して、君を愛してみたくなる。



 大きなため息か、ただ煙を出したかっただけか、息を吐くとたちまち視界が白く濁る。

 もともと濁った目だ。そう、決してこの世界がくだらないんじゃない、僕の目がいつの間にやら色を認識しなくなっていただけのことなんだ。そこに君という、この世で1番の彩度を持つ人間がパッと映り込んで、君が歩くたびに街が色づいて、君が笑うたびに生を祝福するような心地になって。ああもう、魔法以外の何ものでもないんだ。マジックみたいに一瞬の隙で彩を仕込むんじゃあない、正真正銘の輝きなんだ。

 君の足どりはワルツになって。足跡が五線譜の上を三拍子で駆け抜けていく。1と3だけ押さえてればリズムにはなるだろうか。

 ちらりと歯の覗く小さなくち。溢れる言葉は果実のように瑞々しく。それだけでも愛らしくってたっぷりとした表現。皮を剥いて味わうのもいいだろう。噛みしめるのも、丸呑みするのもいい。甘くて、たまに酸っぱくて、時折種をかじったりして、あーあって思って吐き出して。なんだか博識な君の言葉はふっくらとしていて、豊かさに思わず耳を、目を脳味噌を奪われる。好きなものを語る時のまるんとした目も。僕を便利としか思わぬような、あの艶やかに弧を描く唇も。その視線に顎下をなぞられる。見えない鎖がカチャリと音を立て、細い指先が首筋につつっと這う。僕はもう逃げられない、いや、違う、逃げたくないんだ、君にゆっくりと喰われてしまいたいんだ。もちろん恐いけれど、興味という枷が僕の四肢をぎちりと縛り付ける。一番柔らかい部分を剥き出しにして、ただ決して君の歯から視線を逸らさずに、僕に尖ったそれがゆっくりと突き刺さるのをみていたい。僕が、君に飲み込まれて、君の養分になるのを見ていたい。意識が途切れる、その最後の最期の瞬間まで。

 ああ、コップを垂直に立てられない。朝になったら全て後悔にかわる、汚い記憶になってしまうから、せめて文法が危うくなるくらい幸せな時は溺れきってしまおう。


 お酒はいいな。アイスなんかよりずっとあたたかい。

 君と酔っ払いながらも道路の白線に沿って歩いたっけな。お互いふらつくどころじゃなかった。白線見てたらバニラアイス食べたくなった!なんて意味がわからないことを言った。僕は道路に座った後、笑い転げて白線を舐めた。もちろん口に砂が入って吐き出した。白線は思ったより美味しくない。君は見たことないくらい口を開けて笑ってた。笑ってたかな、泣いてたかも。そのあと肩を組んでやじろべえみたいにかたかたと揺れ立ち上がって、近くのコンビニまで行った。

バニラアイスを二つ持って、レジに千円札二枚置いて、あと募金で!とか叫んでアイスを持ち帰った。何のための箱か知らないけど、この世の不幸が少し減ってたらいいよな、なんて平和ボケの王様みたいなこと思った。

 君はスプーンをまた子供のように握ってアイスを頬張ってた。濃い滴が僕のブラウスに染みていく。公園に2人体育座りで。荷物はベンチに置いた。口も手もベタベタにして頬張った。すべり台にはきっとアリが群がるな、翌日。しばらく、君がぐちゃぐちゃとアイスを混ぜながら頬張るのに見惚れていた。溶けるよ、たべなよ。君が言わなければ、ただの甘ったるい汁を啜ることになっていただろう。ごめん、と呟いて真っ白なアイスに木のスプーンを突き立てる。刺した部分に跡がついて、その淵からじくじくと溶け出していく。早く食べなくては。僕は目の前の真っ白いアイスのことしか考えてなかった。街灯は切れかけてたからアイスが白いかは知らないけれど。君がいたかどうかも危うい。僕は1人だったかな、いや、君のこと考えてたならいいか。君がいるも同然だもんな。そうそう僕は君とくらしてるんだ、君のことしか考えていないし。君だったら砂肝買ってきたら大喜びするんだろう、って砂肝を買ったりしてる。下ごしらえも5分以内にできる。君の器も全部そろってるからさ、黙ってないでこっちにおいでよ、なんて。

好きだけど、互いを繋ぐものができたらきっとうまく回るもんじゃないし。生活が狂う。だろう?

 花畑にさあ、箸突き立てても怒られなくていい世界に行こうよ。この重い脚も勝手に浮かぶような、重力なんてない世界に。地球は僕には重すぎる。

 明日は遅くていいんだっけか。じゃあ、何にもしないで寝ていいかな。君、そこにいるだろう?笑顔が見えるから。目を閉じたらでてくるのやめてくれよ、僕は眠たいんだ。君の後ろ姿が見えたら声かけちゃうからさ。早く横に来て、小さく鼻を鳴らして優しい顔で寝ていておくれよ。愛してる、愛してる、愛してる、これが愛してるってことなんだ。普通じゃなくたっていいし、辞書が正しくなくなっちゃってもいい。君が好きで好きで。愛していて。ずっと君を愛させておくれよ、薄っぺらい絵馬に書いて見てもらおう。元気?必死で生きるんで、愛させてもらいたいんです。なんて。なんて言ったって君は小さなリスみたいに逃げていくけど。鷹みたいな目するくせになあ。あーあ。

 いかないでおくれよ、なんて言えないんだよ、言ったって届かないし。でもこれをくだらないなんて思わないぜ、感情を押し込むことほどバカらしいことはないって君は笑ってたからね。僕もそう思うし。ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泥酔は愛をも歪める 辺伊豆ありか @hase_uta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る