第32話 年末年始の神職は過酷
お腹いっぱい鍋を食べ、時刻は19時。俺たちは社務所から冷たい風の吹き荒れる境内へと出ていた。周りの参拝者はみんな温かそうな服着てるってのになんで俺らはこんな薄っぺらい白衣なんだよ……。毎年思うけどやっぱりおかしいだろこれ。神職だってもふもふの上着が着たい……。
「あ゛ー、寒い……。中に戻りてぇ……」
「お兄、カイロ早う……。このままやと死ぬ……!」
「はいはい。分かったからちょっと待ってろー」
持ってきていたカイロの袋を開けて亜莉朱の手元目掛けて放り投げる。亜莉朱はキャッチすると、手で挟むこむようにしてカイロを握った。寒そうにしている亜莉朱の横でちゅうじんは平然としている。
「ところで、うーさんは大丈夫なん?」
「ん? あぁ、ボクならその場の環境に合わせて体温を調節できるから大丈夫だぞ」
え、何その便利機能。俺にも分けてほしいわ。
羨まし気にちゅうじんを見つめていたら、狩衣姿の親父と斎主姿の母さんが現れた。
これから執り行われるのは、1年を締めくくる除夜祭。簡単に言ったら、今年溜まった罪や穢れを祓う儀式だ。式を取り仕切るのは斎主の母さん。
少し前に本殿で参拝者がやってもらったように、修祓、祝詞奏上、玉串奉奠を行い、次に参拝者の祈願が行われる。それが終わったら、「をけら詣り」の始まりだ。
をけら詣りは八坂神社特有の年越し行事。俺たち神職がクソ寒い中、本殿から境内の3ヶ所にある「をけら灯籠」に浄火を灯して回る。その際に
「寒ぃ……。早く終わんねぇかな……」
「このカイロ全然効果ないやん……」
俺たちは細々と愚痴を溢しながらも、順番に境内を巡って浄火を灯していく。一通り灯し終わったところで参拝者たちが「をけら火」へと歩き出した。それを遠くから見届けていると、親父と母さんから招集がかかった。
他の神職が甘酒を参拝者に振舞っている横で、浄火の箱を持った親父が喋り出す。
「疲れてるところ悪いのだけど、例年通り裏手の山へ祟魔退治に行ってほしいの」
「えぇ……またぁ?」
母さんが山の方へ顔を向けて話すと、亜莉朱が心底嫌そうな顔を浮かべる。その一方、俺は親父から太刀と浄化道具一式の入った鞄を受け取る。
「年越し行事もあと少しだから頑張ってくれ」
「あそこの山にいる祟魔を祓えば良いんだな? そういうことなら任せろ」
「行きたくなぁい……」
まだまだ体力が有り余っているようで、余裕そうなちゅうじん。武器は漏れなく携帯しているようで、光線銃を取り出した。対して亜莉朱はこれでもかと駄々をこねている。
いくら言っても無駄なことは分かってるだろうに……。
八坂神社に務めている代報者は否が応でも八坂の山へ行って、年が明ける前に全ての祟魔を一掃しなければならない決まりがある。
穢れを祓わないまま年を越すわけにはいかないからな。
「ほら、うだうだ行ってる暇があったら行くぞー。もう年越しまで3時間しかないんだから」
「うぅ……帰ったら甘酒用意しといてなー」
「分かったから早く行きなさい」
母さんに急かされるがまま、俺たちは人混みを掻き分け、境内を出る。そのまま坂道を上っていくと、先ほどまでの賑わいは嘘のように静かになった。
談笑しながら人気のない道を歩くこと10分。既に代報者が入っているようで、山全体に結界が貼られていた。霊眼を起動させて視てみると、一般人が間違って入り込まないように人払いに防音、浄化作用が施されている。俺たちはそのまま結界を潜って山へ入る。
「あ゛ー、寒っ……」
「山の中だから尚更だな」
こんなことなら何か羽織ってくるべきだったか……。若干の後悔を感じながら進んでいく。祟魔の気配は感じるが、まだそんなに近くにはいない。先に来た代報者が祓ってしまったのだろうか。山に入ってから5分ほど経過するが、なかなか遭遇しないので不思議に思っていると、隣を歩いていたちゅうじんがふと口を開いた。
「そういえば、亜莉朱は普段は何してるんだ?」
「大神学園ってところに通っとって、午前は授業受けて、午後からは依頼受けたり、鍛えたりしとるよ。後はそうやな……。生徒会の仕事に追われとるかな」
「へぇ~、生徒会の仕事って何するんだ?」
「んー、そうやな。まずは――」
尋ねられた亜莉朱は普段やっていることを思い返しながら、ちゅうじんに話し始める。よくアニメやら漫画やらでは、楽しい和気あいあいとした様子が描かれている。けど、現実はそう甘くない。いや、和気藹々としてるのは事実だけど、それ以上に仕事に忙殺されていることが多いのだ。事実、俺も生徒会所属だったからよく分かる。特に大神学園は、普段の学校関係の職務に加え、学内外からの依頼を受けて解決していたりもする。その影響で、高校の頃から目に隈ができ、今もその状態が続いているのだ。
大神学園時代を思い返していたら、話がひと段落したようで、俺は亜莉朱に質問を投げかける。
「そういや、亜莉朱はもう3年生だっけか?」
「せやね」
「卒業したらどうするつもりなんだ?」
「んー、今のところは家継ごう思うとるよ。お兄みたいな公務員、うちには向いてへんしな」
確かにお前が公務員としてバリバリ働いてるところは想像しがたいな。俺が観文省で働いてる分、亜莉朱には実家の方を手伝ってもらった方が母さん的にも助かるだろう。うちはただでさえデカい神社だからな。
にしても、年が明けたらまた仕事……。もうこの際だから、有給消化しまくって一括で休み取ってやろうか。
内心で企んでいたら、周囲に祟魔の気配を感じ、歩みを止める。すると、茂みの中から角の生えた祟魔が出てきた。
「……鬼? こんなところにいたっけ?」
「去年来た時はそんなん居らんかったはずやけどな……」
俺の問いに亜莉朱が呟いた。
一体、どういうことだ……。
俺と亜莉朱は目の前の状況に頭を捻るのだった。
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