座談会編

第7話 仲が良い人同士でも知らないことは結構ある

 仕事行くのだりぃ……。家から一歩出ただけなのに、この疲労感。もう仕事辞めようかな……などという考えが頭の中をよぎる中、階段を降りようとしていたら恵美さんが出てきた。目元には濃い隈があり、交流会の時のように私服ではなく、カチッとしたスーツを着ている。

 

「あ、おはようございます」

「多田くん、おはよう……。そっちも仕事?」

「えぇ、まぁ。って、恵美さん隈凄いですね……。ちゃんと寝てます?」

 

 家の鍵を閉め終えた恵美さんと一緒に階段へ歩き出す。

 

「いやぁ、全然。最近は出版の仕事と並行して、5月末に締め切りの漫画原作大賞へ応募するためにネタを漁ってるのよ。けど、なかなかいいネタが思いつかなくてね……」

 

 困ったように眉を下げながら恵美さんは話す。

 

 ネタか……。漫画原作になるかもしれないんだから、生半可なことは言えないよな。けど、そんな急に言われてパッと出てくるもんでも無いし……。

 いいネタがないかこれまでを振り返ってみると、ちょうど良いのが頭の中に思い浮かんだ。

 

「それなら良いのがいるじゃないですか」

「え、ホント⁉」

 

 恵美さんが食い入るようにこっちを見つめてくる。

 

「うちに居候してるちゅうじんですよ」

「確かにあの子ならいい話題持ってそうよね。それにこのキテレツ荘の人たちってなかなかクセ強いじゃない? 大家さんとか多田さんとか」

「俺はともかく、大家さんや甘野さん、それに恵美さんだってなかなかにクセ強いですよ」

 

 むしろ俺はまだまともなほうだ。周りの人たちの個性が強いだけであって、俺自身、そこまで変わったところはないだろう。

 すると、恵美さんが首を傾げながら唸り声を上げた。

 

「私はそこまでじゃないと思うんだけど。でも、そうね……。ここに住み始めて4年経つけど、なんやかんやであんまりここの住民のこと知らないのよね。この際だから座談会でも開いてみんなに根掘り葉掘り聞いてみるっていうのもありかもしれないわ」


 よく大家さんの誘いで集まったりすることはあるけど、大概、何か食べたり飲んだり、ゲームしたりが多いから、ここに来るまでそれぞれ何やって来ただとかそういう深いことを聞いたりすることなんかはほとんど無かった。言ってしまえば、その人のことを表面上でしか知らないのだ。

 俺だって、同居してるちゅうじんがどんなことをしてきたのかまだ知らないところも結構ある。それを知る機会が少しぐらいあっても良いだろう。

 

「良いんじゃないですか? 俺で良ければ協力しますよ」

「ありがとう助かるわ。なら、大家さんと甘野ちゃんには私から声かけとくわね。日取りの調整とか座談会場の日程が決まったら連絡するからよろしく」

「分かりました」

「じゃ、私は仕事があるからこれで」

「えぇ、それでは」

 

 俺は恵美さんと別れて、駅の方へ向かう。座談会かぁ……。最近仕事に忙殺されてるから時間取れるかな。予定を確認するためにスマホを開ける。スケジュールアプリを見てみたら、唯一来週の土曜日が空いていた。ここなら入れられそうだな。そう思い、俺は予定欄にキテレツ荘座談会と打ち込むのだった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 座談会当日。快く座談会の参加を表明したちゅうじんと一緒に座談会場へ向かう。観文省に勤めている俺はともかく、ちゅうじんにとってインタビューは初めてのようで、朝からずっとウキウキ状態だった。


「なぁなぁ、インタビューって何聞かれるんだ?」

「さぁな。詳しいことはあんまり聞いてないけど、行ってみたら分かるんじゃないか?」

「それもそうか。 いや~、楽しみだな」


 座談会場であるキテレツ荘の1階の共有スペースへと到着した。そこには、一般的なアパートとは違って、談笑スペースがあり、イベントごともそこで行われている。どうやらこのスペースは大家さんが特注で設置したらしい。


「あ、来ましたね」

「どうも」

「これで全員揃った感じかな」

「そうね。それじゃあ始めていきましょうか」


 恵美さんは俺とちゅうじんが背もたれ付きの椅子に座ったのを確認すると、さっそく話を進めていく。本題へ入る前に、本日集まってもらったわけを恵美さんがおさらいし始めた。

 恵美さんから連絡を貰ったのは今週の木曜日。どうやら新人賞のアイデアが欲しいらしく、それから紆余曲折あって俺たちキテレツ荘の人たちが、インタビューを受けることになったのだ。

 恵美さんからこう言ったようなお願いをされるのは珍しいなと思いつつも、協力できることがあるならと大家さんも含めた全員が今ここに集まっている。交流会のときは酔っぱらって終始役に立っていなかったが、普段の彼女はとても頼りになる人なのだ。


「それではまず、多田さんから」

「わ、分かりました」


 緊張気味に返事をする。インタビューなんて普段受けないし、普段とは違って俺の事をさん付けで呼んでいる。まるで、仕事でインタビューを受けてるみたいな感覚だ。恵美さんはメモ帳にボールペンで何かを書き込むと、さっそく俺に対して質問してきた。


「では、お聞きします。多田さんは普段どんなことをしていますか?」

「え? あー、普通に仕事してますよ。というか仕事以外してない気が……」

「なるほど。ちなみにどちらに勤務されてるんです?」

「観文省です。あんまり詳しくは言えないんですけど、主に他部署や外部からの依頼を受けて解決したり、他の課のサポートとかトラブル対応とか色んなことをしてますね。まぁ、言ってしまえば観文省の何でも屋みたいなもんです」


 聞かれた質問に答え終わったら、恵美さんはメモを確認していく。流石はプロとしてやっているだけ合って、重要なことのみ簡潔に記載されている。少しすると、また質問が飛んできた。


「それでは次に移ります。多田さんはどこの高校出身でしたか? また部活などはやっておられましたか?」

「高校は大神学園ですね。部活ではないですけど、一応生徒会に所属してました」

「大神学園って、確か神道系の学校ですよね? もしかして家が神社だったりするんですか?」

「えぇ、まぁ。今はそんなに帰ってないんですけどね。重要な神事や祭事のときに手伝いに行くぐらいです」


 うちの母校である大神学園は表向きにはそのように通っている。しかし、現実は異なる。あそこはあやかし、つまり祟魔を祓う代報者だいほうしゃを育成する教育機関で、少なくとも祟魔を視ることのできる霊眼れいがんを持ってなきゃ入れない。

 ちなみにここの入居者は全員、大神学園系列の教育機関の在校生か卒業生。俺と大家さんは京都本校の、恵美さんと甘野さんは大神系列の専門学校出身だ。けど、みんながみんな代報者というわけではない。

 それこそ恵美さんと甘野さんは視えるのは視えるけど、祟魔を祓うことはできないのだ。この際だし、後でちゅうじんにもこのことを話しておこう。

 

 その後も恵美さんの質問に答えていくこと10分。


「ありがとうございました。それでは次、大家さんお願いします」

「よろしくね。僕に答えられる範囲でなら、何聞いても大丈夫だよ」

「分かりました。それではお尋ねしますが、大家さんの職業は?」


 大家さんの職業か……。確かに気になるな。到底ここの管理をしてるだけじゃないだろうし。よく海外とか日本中を飛び回ってるらしいけど、何してるのかよく分からなんだよな。この際に色々知れれば良いんだが……。

 

 大家さんがどんな回答をするのか、気になりながら彼の方を向く。ちゅうじんや甘野さんも同じように大家さんの回答が気になるようで、少し前傾姿勢になって彼を見ていた。


キテレツ荘ここの管理をしてるのはみんな知ってるだろうけど、他にも仕事はやってるよ。それこそ、多田くんと同じく観文省で働いてたりとかね」


 大家さんの言葉に思考が停止する。

 

 いつもちゃらんぽらんで、事あるごとにイベントとか開きまくってるあの変人が観文省勤めだと⁉

 

 意外過ぎる事実に驚愕していると、大家さんがこちらを向きながらニッコリと微笑んだ。

 

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