交流会編
第5話 前に言ったことは数日経つと忘れる
俺の勤務先である観文省は、日本全国の観光業・博物館のサポート、並びに文化財の保護とそれらを管理するのが主な役目だ。国内だけでなく世界各地からやってくる観光客に向けての発信や地域の観光開発、PR活動やキャンペーンなどの旅行支援から、警備まで活動範囲は多岐にわたる。要はめちゃくちゃ忙しいところなのだ。
そんな中、俺は次のツアー企画に向けてのプランを練るために、自宅からリモート会議に出席していた。
始まって3時間経つけど、まだ終わんねぇのかよ……。いつもなら1時間足らずで終わるってのに……。
なかなか終わらない会議に内心苛立ちを見せる。パソコンの時刻はもう12時を差していた。
腹減った……。早く終わらせて昼飯作らなきゃならないってのに……。
画面から見えないところで肘をつきながら今か今かと会議が終わるのを待っていたら、何やら部屋の外からラジコンカーの走る音が聞こえてきた。大方ちゅうじんの奴が廊下で遊んでるんだろう。
そう思いながら欠伸をかみ殺していると、家のチャイムが鳴った。
誰だこんな時間に。また、ちゅうじんが勝手にAmezonでも頼んだのか。でも今、zoum抜けたら後で何言われるか分からんしな……。
悩んでいたら、画面の向こうで目の下に濃い隈のついている課長が、喋りだした。
『急で悪いが、明日までに企画案を練って来てくれよ』
「分かりました」
よし、やっと終わった……。
さっさと退出ボタンをクリックして、zoumから抜ける。すると、ちゅうじんが玄関の方に走っていく音が聞こえてきた。
「はっ? いや、ちょっと待て! ちゅうじん!」
俺は即座に席を立ち、大声でちゅうじんにストップをかける。だが、俺が部屋の扉を開けたときにはもう遅かったようで、玄関の扉が開かれていた。玄関の外には深緑の髪をハーフアップにした大家さんが、ポカーンとした表情で突っ立っている。
あ、終わった……。宇宙人ってバレた……。
絶望に満ちた表情を浮かべながら俺が自室から出ていくと、そこにはくせっ毛の灰髪の男が立っていた。よく見てみたら、後ろで少し長い髪を束ねて、ちゅうじんが今日来ていた服と同じものを着ている。
「だ、誰だい? 君……」
大家さんが戸惑い気味にその男へ声をかけた。俺もその言葉に激しく同意し、首をブンブン縦に振る。
「ボクはう・ちゅうじん。この家で世話になってる者だ」
「あー……なるほどね! って、違う! 何で多田くんの家に宇宙人が住んでるの⁉ どういうことかな多田く――」
「――腐れ大家はちょっと黙っててもらえませんかねっ!」
俺は大家さんが言い切る前に助走して飛び蹴りを顔面にかます。すると、大家さんは玄関からキテレツ荘の外まで飛んでいった。
よし、これでしばらくは起きてこないだろう。にしても、面倒なことになりやがった……。
頭を抱えながらそう思っていると、フリーズしていたちゅうじんが驚愕の表情で俺の方をガバッと向いた。
「擬態してるのになんで分かるんだよ⁉」
「つい先日言ったばっかだろうが! ここの住民はみんな視える性質だって。てか、何勝手に玄関の扉開けてんだよ⁉」
「いやだって、呼び鈴鳴ったら誰だって出るだろ」
クソ、見られてしまったからには仕方ない。ここはちゅうじんに記憶操作で今のシーンをカットしてもらおう。
ちゅうじんに向かって口を開きかけた瞬間、俺の蹴りで吹っ飛ばされていた大家さんが戻ってきた。頭から血が流れているような気もするが、致し方ない。大家さんは頭を押さえながら再び玄関に入ってくる。
「相変わらず手荒いなぁ……多田くんは。普段は温厚で良い子なのに」
「誰のせいだと思ってんですか……」
「それで、どういうことか説明してもらえるんだろうね⁉」
大家さんは爛々とした目で俺にグイっと迫ってきた。こうなったら逃れることは最早不可能。逃げようものならこの大家は四六時中付きまとってくる。それは流石に面倒にも程があるので、潔く答えることにしよう。
「うっ……分かりましたよ」
「宇宙人か……。このキテレツ荘には視える人はいるけど、宇宙人は居ないからねぇ。よし! そういうことなら僕は大歓迎さ! あ、僕はここの大家の
「おう! よろしくな!」
ちゅうじんは笑顔で返事をする。
なんか勝手にあだ名までつけられてるし。まぁ本人は気にしてないようだからいっか。そんなことよりもだ。
「大家さんは何でこんなところに? 今日なんかありましたっけ?」
「あー、そうだった。はいこれ」
大家さんは持っていたクリアファイルから1枚の紙を出して、こっちに渡してきた。
何々? 新春交流会? あー、いつものふざけた飲み会のやつか。いつにも増してめちゃくちゃ急だな。
「これ。今日の夕方からいつもの公園でやるから来てよ。勿論、うーさんもね! みんなキテレツ荘に宇宙人がやってきたなんて知ったら喜ぶからさ」
「よく分からないけど、なんだか楽しそうだからボクも行ってみたいな」
ちゅうじんは興味津々な表情を浮かべた。それを聞いた大家さんはニッコリと笑みを浮かべながら玄関の方へ踵を返す。
「それじゃあ僕は準備があるからこれで」
大家さんは交流会の準備があるらしいので、そのまま公園の方へ行ってしまった。俺は大家さんが完全に去ったことを確認すると、隣にいるちゅうじんの方へ向き直る。
「お前、これから外に出るときは絶対に擬態しとけよ」
「お、おう」
まぁ、霊眼持ちの人間なんてそうは居ないからな。このキテレツ荘が特殊ってだけで。擬態しとけば何とかなるだろう。
交流会までまだ時間があるので、俺は一旦部屋に戻って企画書を片づけることにした。
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