第33話 まだウチらから毟るつもりかや!
「お待ちください、シオン様!」
勘弁してくれと嘆息しつつ、それを顔に出さぬよう表情を固めて振り返ると、エーリカが剣を構えていた。
「えぇ?」
『これはアレだ。登録した日と同じことが起きている!』
そう気付いた俺は、サイドステップで距離を取った。
一方エーリカは、あの日と同じく、低い軌道でカウンターを飛び越えて剣を薙いだ。
カカカ・カィン!
三連突きと横薙ぎを、抜きやすい片手剣で受け止める。
次はキャンセル技のような、戻りが分からない技だが、よく見れば振り出しより引きを早くすることで幻惑していることが分かる。
なるほど。少しずつ攻撃の強度を上げていって、どこまで凌げたかで何級か判定するわけか。この前と同じ攻撃のように見えて、手数や順番が微妙に違うので、練習問題と本番のテストで数字を変えてくる教師のようで、芸が細かい。
エーリカが右手を身体の陰に隠して突進する。
徐々に身体を捻って剣に速度を加えていくと、その手があらわになった。剣じゃない。彼女が握っているのは鞘だった。そしてその鞘を俺に投げた。
鞘で切りかかってくるわけはないから、握っているのが鞘だと分かった時点で、投げてくることは予想できた。俺はそれを難なく避け、更に距離を詰めた。
今、エーリカの右手には何もないはず。剣に持ち替えるにしても時間がかかるだろう。
それより前にこちらの剣が届く。俺は勝利を確信しつつ、剣を突き出した。
「俺の…!」
エーリカは左足を軸に、右前の構えから半回転して左前になった。
同時に俺との距離が開く。
その空間に左手に持った剣が突き出され、俺の剣の周囲をくるりと回った。
それは蛇が巻きついたように錯覚した。
と同時に、俺の剣は絡め取られ、手を離れて天井に刺さった。
バックステップで距離を取り、両手剣を抜く暇を稼ごうとしたが、既に俺の腹にはエーリカの右掌底が打ち込まれていた。
「ぐはぁ…!」
俺はカウンターと反対側まで飛ばされ、壁に叩きつけられた。
完敗だ。どうやら途中からこちらの思考は誘導されていたらしい。
エーリカは自分の剣を鞘に納めると、超人的なジャンプ力で天井に刺さった剣を抜き、俺の前に置いた。
「一級…ですね。この短期間に、よく精進なさいました」
かなり上からだが、不思議と腹は立たなかった。
彼女とは、まだまだ途方もない実力差があるようだ。
ならば、彼女に魔女討伐の助力を願ってはどうだろう?
そんな考えが頭を擡げたが思い直した。確かに成功率は上がるだろうが、敵の正体はほぼ不明な状態なのだ。こんな旅に、全く無関係の者を巻き込むわけにはいかない。
「ありがとう。どうやら心配させてしまっていたようだな」
「シオン様が無事にお戻りになりませんと、困ってしまいますので」
「そ、そうか」
まぁ、赤い石の供給が絶たれるのは一大事だしな。
「よう聞こえんかったんやけど、“俺の…”なんやて?」
悪気のない顔でミスズ。
「聞くな!」
と言うか、聞かれていたとは思わなかった。
きっと今、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「先ほどのことはさておき、本題はここからでございます」
エーリカがこちらに向けて手を差し出していた。
「な、なんだろう?」
「ダンコフとの間には、かなり危険な砂漠が広がっておりますが、砂漠を迂回する海路もあり、時間はかかるものの船便も出ております。どちらの道で向かわれるのですか?」
砂漠越えがあるなんて、初めて聞く情報だ。
案内はアリアに一任するつもりだったので、地理や位置関係などまったく分からない。
『アリア、どうする? 海は時間がかかるらしいが?』
『それは…やはり安全な…』
「砂漠の方に決まってるやん!」
アリアが言い澱んでいるうちに、戸口に置いた風バイクを指差してミスズが答えた。
「ウチらにはコイツがあるさかい、砂漠なんぞひとっ飛びや!」
「お、おぅ、そうだな!」
ミスズに相槌を打ち、俺はエーリカに向き直った。
「…ということだ」
「分かりました」
エーリカはカウンターを飛び越えて、いつもの場所にしゃがむと、学習帳サイズの小冊子を取り出した。
「砂漠を通られるのでしたら、互助会特選“砂漠の歩き方”はいかがですか。一部五十アブリでございます」
「まだウチらから毟るつもりかや!」
互助会を出て数分後、俺たちは風バイクに乗って走っていた。
走っているのは砂漠方向への道だが、初級洞窟に続く道でもある。
何度この道を通っただろう。
「ふふ、最後まで初級洞窟に縁があるな」
「せやな。お世話になったことやし、ちょっと寄っていかん?」
「そうしようか。縁は大事にしないとな」
洞窟はあそこしか知らないから当然だが、本当に色々あった。
ならず者に襲われ、タマムシ石を拾い、魔法が使えるようになり、チョーダ&イキタスに出会い、アリアに助けられた。
ここに来てからの思い出の半分は、初級洞窟でのものだろう。
「なんや、これから砂漠越えて外国行くやなんて、嘘みたいや」
「そうだな。バイクに乗って外国に行くなんて、島国の日本に居たらありえないものな」
「んはは、ほんまや」
そんな話をしているうちに、初級洞窟に着いた。
風バイクを解除して周囲を見回すと、ラウヌアの広場にあるような軽食屋台がいくつかと、入り口には入洞待ちの列ができている。
二階以上が発見されて以降、かなり賑わっているのだ。
「おっちゃん、今日は中に入るわけやないんやろ?」
「あぁ、そのつもりはないが…」
本当は見納めに広場に寄るだけでよかったのだが、俺は“あのこと”を思い出した。
「ミスズさん、頂上に登ってみないか?」
「頂上? なんかあるん?」
俺が差した方向に顔を向けて、ミスズが答えた。
「ガイドブックによると、昔のお墓があるらしい。面倒くさいか?」
「うんにゃ。風バイクやったらひとっ走りやし、大丈夫や。ここの洞窟はめっさ世話になったさかいな、お礼に拝んでいこ」
高さ五十メートル程の山、というより丘なので、頂上と言ってもすぐだ。風バイクを降りて雑木林に分け入ると、林の中央には空き地と、こんもりとした土の山があった。
「土饅頭の上に土饅頭か…」
この墓標も何もない盛り土が墓らしいので、思っていたものと違った。
「おっぱいみたいやな!」
「…せっかく言わないでおこうと思ったのに」
もっといくつもの墓標が立った、小規模な墓地だと思っていたのだが、これはどう見てもひとり用だ。この辺りの領主だった人のものなのだろうか? それにしては装飾もなければ墓標すらなく、寂しい限りだが、古墳レベルに古いものかも知れない。
「ほたら折角やし、旅の安全と必勝祈願もしとこか!」
パンパンと手を打ち、目を閉じるミスズ。
「お頼み申します!」
“お礼に拝むと言っていたのに願い事か”とか、“縁もゆかりもないお墓に願い事してもなぁ”とか思いつつ、俺もミスズ同様に手を合わせた。
「…ほな行こか? なんや耳鳴りみたいなんがするし」
そう言ったミスズがこちらに顔を向けたとき、俺はぎょっとした。
「ミ…ミスズさん? なぜ泣いているんだ?」
「あ、あれぇ? 悲しゅうもないのに、なんでやろ?」
まさに滂沱の涙というやつだ。
ミスズが半泣きになったことは何度かあったが、これほどガチな泣き顔を見せたことなど、今までになかった。
「なんやろ? おっちゃん、やっぱしここ、おかしいで? “たたりじゃあ~”ってヤツかも知れん!」
確かに俺も、耳鳴りというか、ハウリングのような音が聞こえた。その音は、墓に近付き、膝を衝いたときに最も大きくなった。
ここは古代の墓所とのことだが、もしかしたらこの盛り土だけでなく、山全体が巨大な墓か、ピラミッドみたいなものなのだろうか?
ここにはまだ、何らかの秘密が眠っているのかもしれない。
「ここはどうもヤバそうだぞ。さっさと降りることにしよう」
泣き止んだミスズを促して広場に戻り、軽食店で早めの昼食を摂った。
メニューは、ラウヌアの街で初めて食べた巨大なタコヤキだ。
「あー、これも食べ収めかもしらんな?」
元々悲しかったわけではないので、既にケロッと泣き止んでいるミスズが、口を尖らせて巨大タコヤキを見詰めた。
釣られて俺も、手にしたそれを眺めた。大きすぎて食べにくいことを除けば、ラウヌアの街では一番好みで、一番食べた軽食だろう。
「そうだなあ、砂漠の向こう側の外国だからな。ないかも知れんが、きっと他の旨いものがあるさ」
「せやな。期待して出発しよか!」
大きな葉っぱのトレーをゴミ箱に捨てて、ミスズは青海苔ぽい粉がついた服を掃った。
帰ってこられたら、普通の大きさのタコ焼き屋を出したりするのもいいな。
初期の握り寿司は今よりずっと大きかったと言うし、将来、“昔のタコ焼きは大きかった”という豆知識が流布されるかも知れない。
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