第9話 アプリって、あのアプリか?
「きれいな石だな。宝石か?」
「ちゃうで。これはこの世界のゼニや」
互助会の外に出たミスズは、皮袋からいくつかの石を手のひらに出した。
「ゼニ…これがお金か。ちょっと失礼」
ミスズの手のひらの、赤いキューブをひとつ摘み上げてみた。
硬くて大きさの割りに重い、一センチくらいの立方体だ。
形がすべて揃っているということはガラス製だろうか。
陽に透かすと、ミスズの魔法石と同じく、周辺部はきれいに透き通っているが、中心部には曇りのようなものがある。
「この赤いのが一アプリで…」
曲げた人差し指を顎に当て、少し考えるミスズ。
「なんかの乳が一瓶とか、大き目のパンが買えるさかい、あっちの百円くらいの値打ちやろかなぁ?」
「ちょっと待て、アプリ? アプリって、あのアプリか?」
「あのて、どのよ?」
眉間に深い皺を入れるミスズ。
「アプリは日本の“円”とか、アメリカの“ドル”みたいなもんやで?」
「アプリって、通貨の単位なのか!」
「そーそー、そういうやつ。赤は一アプリ、オレンジが十アプリ、黄色が百アブリ…」
言葉を切って皮袋の中を探ったミスズは、緑色のキューブをつまみ出した。
「んで、これが虎の子の千アプリや!」
言葉が同じだけの、単なる偶然…ということなのか?
「一アプリ百円だから、日本円で十万円ということか」
「せやな。ウチは持ってないけど、この上には青、藍色、紫があるで」
そこで言葉を切ったミスズは、指を折るそぶりをして後を続けた。
「ちゅーことは、紫は一個一億円てことになるわけやな。三個盗まれたら三億円事件やで? んはは」
宝石のように美しいが、実際、宝石並みの値打ちがあるのか。
「虹の七色なら、感覚的に分かりやすいな。赤より下はないのか?」
最低が百円玉では都合が悪いのではないかと思い、ミスズに問う。
「ないで」
きっぱり答えた後、慌てて補足するミスズ。
「んあぁ、たまにな、お店同士が“ウチのほうが安いで”って言い合いになったりして、安いほうで買うたら、あめちゃんとかオマケしてくれたりするけど、そんだけや」
店頭のミカンのような果物を見ると、付いている札に“ミカン二個・赤アプリ一個”という意味らしき絵が描かれている。安い商品はバラ売りをしていないようだ。
「赤以下は、まとめて赤一個にしたり、物々交換したりするわけか…」
不都合がなさそうでありそうで、なんだかモヤモヤする。
やはり不自然ではないか?
「おっちゃんて、剣は使えるん?」
武器屋に向って歩きながら、俺を見上げてミスズが言った。
「昔、剣道をやっていた。剣、と言うか刀は、俺の一番得意な武器だ」
「ほー、そりゃ頼もしいな。丁度ええわ、そこの武器屋で一本買おか」
そう言ってミスズは、剣が描かれた看板を指差して笑った。
「心配せんでもお足はミスズさんが持ったるさかいな!」
「はは、もう全部任せるよ」
店と言ってもほぼ露天で、天井はあるが二面に壁はない。
この世界には電灯的なものはないので、四面を囲ってしまうと店内が暗くなってしまうのだろう。衝立で仕切られた店の奥からは、金属を叩く音が聞こえている。
「奥に工場あるみたいやけど、今日はそっちには用はないな」
ミスズは“工場”と言ったが、工房といったところだろう。
「そうなのか?」
「誂えた服は身体に合うけど高いやろ? それと同じや。そんなんウチの財布じゃ買えんわ」
頭と手を同時に振って、否定のポーズを取る。
「なるほど、吊るしの背広みたいなもんか」
「ツルシノセビロってなんや?」
「寸法測って作ったヤツじゃない、服屋でハンガーに吊るして売ってるヤツだ。既製服とも言う」
「それやそれ、キセイフク!」
ビッと、意味がありげで、実際はないであろうポーズで俺を差す。
「俺用に誂えた武器も、一度は持ってみたいもんだな」
「んはは。おっちゃん呼びつけたヤツに強請ったら、なんぼでも買うてくれるわ」
「ふふ、そうかも知れんな」
「ウチのこれな、この棒」
「棒」
ミスズが取り出したのは、指揮者のタクトの根元が膨れて、底に宝石がついたような棒。
例えるなら、先の尖っていない、長めのアイスピックという形である。
なにか正式な呼び名はあるのだろうが、杖とも言いづらい大きさの、まさに棒だった。
「大丈夫か? そんな細い棒で」
「大丈夫や、問題あらへん」
物語の魔法使いは、枯れ木のような細腕で、大きなコブつきの長い杖を振り回しているイメージがある。
ああいう杖は、必要だからあれほどでかいのではないのか?
「これな、里芋刺さった菜箸みたいなミテクレやけど、こう見えて誂えやから、めっちゃエグいで。今まで使うてた、吊るしの背広みたいな…」
「既製品?」
「それや、キセイヒン!」
ひとつ手を打って、俺を指差すミスズ。
「今まで使うてた、大っきくて重たい既製品からこれに変えたら、二度と元には戻れんなって思うたわ」
「そんなに違うのか」
大っきくて重たいヤツを既に使っていたとは、杞憂だったようだ。
「んはは。まぁ楽しみにしとき、使うたら仰天するで?」
ミスズは頬を上気させて言った。
「まぁ、楽しみにしておくよ」
俺の前に、皮製の鞘に収められた両手剣が置かれた。
鞘の長さは百五十センチ、柄の長さは三十センチというところだろうか。
「宝石なしの安いやつやけど、堪忍な」
拝むようなポーズをとるミスズ。
ミスズは“安いやつ”と言ったが、緑のキューブで支払いをしていたのを俺は見た。
“虎の子”と呼んでいた緑のキューブ。
ミスズがかなり無理をしているであろうこと、俺に期待しているであろうことは、容易に想像できた。
「宝石なんて飾りだろう? そんなものは必要ない」
「いやそれがな、そうでもないねんて。どういう按配か知らんのやけど、この宝石をな、使うモンに合うたヤツにしたら、ええ感じに仕事するんや」
ええ感じの仕事がどのようなものか、俺には想像が付かなかったが、ミスズは至って真剣であった。
「…そうか。それは、不思議なことだな」
皮製の鞘から剣を抜くと、顔が映るほどに美しい刀身が現れた。
刀身は十センチほどの幅で、両側に一センチほどの刃が付いており、ここだけは曇った色をしている。
”安いやつ”でも、これほどに美しいものか。
「…ん?」
剣を鞘に戻した俺は、柄に四角い穴がひとつ空いていることに気付いた。
鍔のすぐ下で、剣を握ったときには隠れてしまう位置だ。
「この四角い穴は?」
「よう知らんけど、そこそこ高い武器には開いとるな。ほら、おっちゃんのには一個やけど、ウチのには二個開いてるで!」
ミスズが突きつけた棒には、確かに里芋部に二個の穴が開いていた。
「高級品ほど穴が多い、のか? …ホテルやレストランの星みたいなものなのだろうか?」
「よう分からんけど、武器屋のおっちゃんが言うには、高い武器はパワーもそれなりに高うて、そういうんは大概ずーっと昔に作られたもんでな、そんなんに限って、この穴が開いてるらしいわ」
棒をくるりと回したミスズは、里芋の底部の宝石を俺に向けた。
「今の技術より、昔に作られたものの方が性能が高いのか。興味深い」
いわゆる、現代の技術で作られた包丁より、昔の技術で作られた日本刀の方が攻撃力高い、みたいなヤツだな。
「これも本体は昔のモンで、宝石だけウチに合うたのを入れたんや」
個人に合ったものを入れるという手法が確立しているということは、宝石には意味があるというのは確定ということか。
だが、四角い穴は分からない。様式なのか、単なる意匠なのか。
刀身や鍔ではなく柄の、しかも握ったら隠れてしまう位置に装飾をする必要があるのか、現時点で判断はつかなかった。
「ふむ、装飾か…」
ふと思い当たり、ミスズの方に手を伸ばす。
「ミスズさん、ちょっと赤を一個貸してくれ」
「ん、ああ。…ほい」
ミスズは皮袋からつまみ出した赤アプリを、俺の手のひらに載せた。
俺はそれを、ミスズが止める暇もないほどの素早さで、柄の穴に入れた。
「あ」
ミスズが発し得たのは、その一言だけだった。
「あ、あれ…抜けないぞ?」
俺は狼狽した。
なにしろ柄の穴は、元々アプリを入れるための穴だったかのように、赤いキューブをするりと受け入れ、振ろうが叩こうが銜え込んで離さなくなったのだ。
「…ミスズさん、すまない。入りそうだったので、つい」
「“つい”て! …あんなぁ、入りそう思うても、普通は入れんで?」
呆れたというポーズで首をすくめるミスズ。
「おっちゃんて、子供のころ、壁の節穴に一円玉詰めて怒られたクチやろ?」
なんで分かったんだと、俺は思った。
まぁ当然か、とも思った。
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