第6話 呪文を唱えてドーン
「ギフト、とか言っていたのはなんだ? 神から与えられた才能とか?」
「おっちゃん知ってるん? あっちでも神様出てきたん?」
身を乗り出しぎみで、ただでさえ大きな眼を丸くするミスズ。
「いや、魔法のような大それたモノじゃないが、世の中には、神から与えられたとしか思えないような才能があるのだとさ。自分の子供に特別な才能があると思いたい、親バカの戯言かと思っているのだが…」
勿論、実際に眼にしたものではなく、ネットニュースかウィスパーで囁かれているのを見ただけだ。
「おっちゃん、意外とえげつないこと言いよんな」
「とにかく、あっちで言うギフトは、なんか他の人とちょっと違う程度の、足が速いとか、勉強できるとか、絵が上手いとか。“はいはい凄いね”という感じのもので、結局は普通の才能の地続きだし、大概が気のせいみたいなものだからな。気にしなくていい」
向こうの世界のギフト話は心底どうでもよかったので、俺は手を横に振って打ち切りを表明した。
「せやったらまぁええけど、こっちの世界のギフトは、おっちゃんの言い方でいうたら、“なんやそれ!”って腰抜かすくらいのヤツや。なにしろホンマの神様に、凄い力貰えるんやからな」
言葉を切ったミスズは、骨に残った魚の肉をきれいに浚えて、骨を焚き火に投げ込んだ。
「ウチがダンプに撥ねられたとき、金色の光に包まれてこっち来た言うたけど、ビューンて飛んでる間に神様が出てきて、お前は可哀想やから、“宵越”の能力やるわって言わはったんよ」
両手の人差し指を使って、神様とのランデブーを表現するミスズ。
「せやから、金色の光のことも覚えてたんや」
金色の光を帯びて飛んでいるミスズに併走しながら、神様が仰々しく話しかけるのを想像すると、ちょっと笑いたくなった。
「“宵越”というのは、“宵越しの金は持たねえ”の、宵越か?」
「その宵越やね。どういうのんかは後で説明したるけど、最初は意味が分からんで困ったわ。神様も説明してくれへんし…」
神様不親切すぎる。言葉の意味自体、子供には難しかっただろうに。
「俺は神様を見ていないし、ギフトとやらも貰っていないな。ただ女の声が聞こえただけで…」
言いかけて俺は、ふと動きを止めたが、ミスズはそれに気付いたようだ。
「…おっちゃん? どないしてん?」
「いや、その女がなんと言ったのか、分かったような気がしたが、気のせいだったようだ」
「なんやそれ? わけが分からんな」
そう言ってミスズは、ねじ切れそうなほど首を傾げた。
まぁ、俺にも分からないのだから、ミスズに分からないのは当然だ。
一瞬思い出しそうになったのに、すっと消えていったような、そんな気持ちの悪さを感じた。
「話の腰を折ったな、すまん。なんだったか、…ああ、“宵越”の話だったな。それはどういう力なんだ?」
「順番に話してくな。魔法力は、もちろん魔法を使う力のことやね。ほんでから魔法力ってな、例えるなら財布の中のゼニみたいなもんやねん」
「…んん? どういうことだ?」
「財布の中にゼニがポコポコ湧いてくるみたいに、魔法力が増えてくるってこっちゃ」
俺のインターネットの説明も大概だが、この子はこの子で、例えが下手なようだ。
「財布の中の金は、勝手に増えやしないが…」
「細かいことはエエねん。ここに増えてくるんや」
コンコンとコメカミあたりを突付くミスズ。
「ドタマん中に!」
「ああ、頭の中にな」
「財布の中にゼニがようさん入っとったら、高いモン買えるやろ? それと同じで、魔法力が多いと、でっかい魔法使えるんや」
両手で“大きい”を表す。
「魔法はどうやって覚えるんだ? 俺にも使えるのか?」
「覚える?」
わかりやすく考え込む。
「覚えたりは…せーへんな」
これはどうも、俺が持っている“魔法の概念”とは異なるようだ。
「覚えない? ちょっと待ってくれ。よくは知らんが、魔法というのは、本などを読んで覚えて、呪文を唱えてドーン。…というヤツではないのか?」
「ウチ、本なんか持ってへんし、呪文も唱えんで?」
手を広げて、手ぶらを強調する。
「食堂でご飯食べるとき、作り方とか知らんでも注文できるやん? そういう感じなんやって」
「食堂って…」
そんな言葉、久しぶりに聞いたぞと言いかけたが、話の腰を折りそうなのでやめた。
「ウチがやってるのは、財布持って食堂に行って、注文するみたいに魔法を買って、それをぶっ放してるだけなんよ。魔法の店行ったら、買える魔法が出てきよるから、“じゃ、コレにしよ”って選んで、何倍の強さにするか選んで、飛ばす方向選んで、お金払って“行けっ!”てするだけなんや。財布の中身より安いモンなら買えるし、高いモンは買えん。簡単な話や」
そう言ってミスズは、両手を広げた。
「確かに、話としては至極簡単だが…」
簡単で済めば、それこそ簡単なのである。
俺が抱いていた“魔法”のイメージとの乖離に、頭を掻くしかなかった。
「けどなぁ、魔法屋行って注文してゼニ払ってる間、全然周りが見えんくなるさかい、誰かに護ってもらわんとあかん」
「それが俺か」
「そゆことや。それとな、財布の大きさには限界っちゅーのがあって、財布の大きさよりゼニは増えんくなるねん。増えんくなったら勿体無いやろ? せやから、財布パンパンになる前に、どしどし使うんや」
「だが、使っても増えて、いつかは元に戻るとは言え、無駄遣いをしたら、いざというときに困るのではないか?」
「うんにゃ。使えば使うほど財布が大きなるから、今度魔法力が増えたときにいっぱい入るようになるし、無駄にはならんで」
「なるほど。身体も使えば強くなる。みたいなものか」
「せやせや」
ニコニコしながら頷いたミスズは、俺の目の前に人差し指を突き出した。
「ほい。ここでお待ちかねの、ギフトの話や」
「お、おお」
俺は、話に引き込まれるに従い崩れていった姿勢を正した。
「よし、続きを頼む」
「ウチのギフトは“宵越”やって言うたやろ? これな、平たく言うたら魔法力を石にする力やねん。これ使うたら、増えすぎてドタマからこぼれる魔法力を、石にして残すことができるんや。…ちょい見とってな」
俺の目の前でこぶしを握り、前に突き出すミスズ。眼を閉じて、その手に力を込めると、蛍のような光が集まってきた。
「おお、なんか凄いな」
「驚くんはこっからやで」
手を開くと、無色透明の、クリスタルガラスのような石が転がり出た。
「…こーいうことが出来んねん」
「手品、ではないよな。…触ってもいいか?」
「勿論ええで」
ミスズが、俺の手のひらに石を転がした。
その石は、ちゃんと重みも硬さもあり、きれいにカッティングされた宝石のそれのように煌めいた。完全に透明なわけではなく、光に翳すと、中心部付近には何かの構造が濁りのように透けて見える。
「シャンデリアに付いているガラス球みたいだ。こんな緻密なものを、ミスズさんが作ったのか?」
言葉を切って、石をミスズに返した。
「魔法を使う力を物質化させる能力か…。凄いものだな、それ自体が魔法のようだ」
一見何もないところから物質を生み出すなんて、“古き良き”というか、アメコミなんかに出てくる“ザ・魔法”という感じだ。
「凄いやろ?」
得意そうにミスズが答える。
「ドタマにパンパンの財布があるとするやん? それをぎゅーって絞ったろって考えたら、この石がコロンて出てくるんや。もちろん、その分財布の中身が減るんやけどな。逆に、財布がパンパンのときに、この石をデコにパーンて押し込んだら、いっときだけ財布が大きなるわけや。ほんで、普通は買えんような魔法も買えたりすんねん」
「それは、便利というか、面白いシステムだな」
思わず、胡坐を組んだ膝を打つ。
「んっはは。他にな、こーいうのんもできるで」
気をよくしたミスズが、先ほどと同じように、ただしかなり短い時間、ほんの一瞬こぶしを握って開いた。
今度は色とりどりの、美しくカッティングされた宝石が転がり出た。
無色透明のものより、かなりサイズが小さい。
「…これは?」
透かしてみると、やはり中心部に濁りのようなものがある。
「これも魔法石やけど、こっちは魔法力に戻せん代わりに、そのまま魔法になるねん。頭の中の魔法屋行って、魔法選んで“これ包んで”ってしたら、こんな感じの石ができるんよ」
そう言ってミスズは、赤い石を弾き飛ばした。
それは少し離れた所に転がり、炎を上げて燃え始めた。
「なんと、テイクアウトもできるのか…」
“年甲斐もなく”と思いながらも、胸の奥のワクワクを抑えられない。
「…ああ! もしかしたら、さっきの爆発はこれなのか?」
「ピンポーン。おっちゃん冴えてるやん。この赤いのを爆発せぇって思いながら一個川に放り込むだけで、ドッカーンてなって魚が獲れるんや。そこで燃えてんのは、燃えろって思うたから燃えたんや」
「色による違いはあるのか?」
「モチのロンや。赤はドッカーンて言うたけど、青は水が出たり傷が治ったりするし、黄色は毒を入れたり抜いたりする。緑は風に乗る。茶色はセメントみたいなんが出てきて、すぐに固まる」
「ううむ。制約があるとはいえ、魔法というのは、呆れるくらい便利なものだな」
「言うても、こっちの魔法石は大きいのは作れんのやで?」
「なるほど、大きいのが作れるのなら、俺の存在意義はなくなるな」
「…それがなぁ、難しいところなんやけど、大きいの作れたら、おっちゃんが用なしになるかっちゃーと、そうでもないねん。三回分の魔法力も、石にしたら一回分にしかならんねん。だいぶ減ってまうねん。おっちゃんがおったら三回使えるのに、おらんかったら一回になるってことやで? めっちゃ損げやん?」
ミスズは分数を習っていないようなので、簡単に教えた。
「三回分が一回分になるから三分の一か。よっしゃ、分かったで!」
「理解が早くて助かる」
「こー見えてウチ、向こうじゃ成績は良かってん」
親指で自分を指し、得意げなミスズ。
「話戻すけど、寝てる間に財布パンパンなったら嫌やから、いっぱい石にしときたいとこやけど、やりすぎたらいざって時にスッテンテンてことになるやん? それが難しいとこやねん」
「そうだな。せっかく作った石を使うのは損だしな」
「お、おっちゃんも分かってきたやん。そやねん。勿体無いねん。けどまぁ、これからはおっちゃんが居るし、バンバン石が作れるな」
「あ、ああ。できる限りのことはする」
「頼りにしてまっせぇ!」
芝居がかった言い方をして、ミスズは笑った。
その笑い声を聞きながら、俺はあることに気付き、戦慄した。
魔法は覚える必要はなく、魔法力があるだけ、大きな魔法が使える。
そして、魔法力は石にしておいて、必要なときに戻せば、事実上、上限はないも同然だ。
つまり、すべての魔法が使えるうえ、威力に限界はないということなのだろうか?
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