第5話 インターネットを知らないのか

「ほんで、おっちゃんもダンプに轢かれたん?」

 魚を小動物のように両手で持って食べながら、大きな眼をきょろりと向けてミスズが言った。

「ダンプ…? いや、そうじゃなくて…」


「ウチが薬草採ってたら、おっちゃんがビューって、金色に光って落ちてきたんや。ほんでな、追っかけてたらあっこの岩にガーンてブチ当たって、岩の裏へ落ちたんや! ほたら、偶然なんか知らんけど、ちょうどウチが住んでるとこやってん。なぁ、どやってここ来たん?」


「どやってと言われても…」

「ほたらおっちゃん、ギフトってなにもろたん? ウチのは“宵越”っていうんや。ギフト言うてもお歳暮とちゃうからな? んはは」

 質問のたびに、しゃがんだままミスズは、にじにじと距離を詰めてきた。


 質問されるたびに頭の中にハテナが重なり、逆に後ずさる俺。

「ちょっと待て! いっぺんに聞くな」

 ついに爆発した俺は、ミスズの顔をアイアンクローのように掴んで押し戻した。


「とと、ごめんなぁ。日本語で話すの久しぶりやさかい、がっついてしもた。ウチはあっちでダンプに轢かれて、死んだと思ったら金色の光にくるまれててん。んでから、いつの間にかこっちに来てたんや」


「なるほど。だから俺にも“ダンプに轢かれたのか”って聞いたのか」

 得心が行った俺は、胡坐を組み直して頷いた。


「せや。おっちゃんもウチと同じ、金色の光に包まれて落ちて来たんやで。あっちの空から、びゅーんって」

 軌跡をなぞるように、空を指差す。


「ウチと同じことが起こったんやって思うやん?」

「まぁそうだが。俺の場合は、悪ガキを殴っていたら頭の中に女が現れて、声が聞こえてきた。なんと言われたのかは分からないのだが、急に気分が悪くなって、ふらふら歩いていたら目の前が暗くなった。で…」

 言葉を切って地面を指差す。

「気付いたらここだ」


「なかなか豪気やなー」

 なぜか眉間にしわを寄せるミスズ。

「まずな、間違えんといて欲しいんやけど、その女とやらはウチやないで? 確かに誰かが来るんを待ってたけど、おっちゃんをこっちに呼ぶようなこと、ウチにはできひんからな?」


「頭の中に現れた女はミスズさんじゃないから、そこは疑ってはいないよ。しかし、俺は金色の光に包まれた記憶もないから、その記憶があるミスズさんの場合とは、ずいぶん違うな」

 むしろ違いすぎるほどの違いで、まったく接点が見つからない。


「もしかしたら、ウチはあっちからほり出された感じやけど、おっちゃんはこっちに呼ばれたって感じやないかなぁ。知らんけど」

 ミスズのその言葉は、すとんと腑に落ちた。


「…なるほど。色々違うが、そこが一番の違いか」

「そやな。ぜんぜん、違うわなぁ…」


 判りやすく肩を落とすミスズ。俺の言葉のどこに、がっかりする要素があったのだろう?

「違うと、なにか都合が悪いのか?」


「…ウチはあっちに生きて帰りたいんや。絶対に。せやから、ウチと同じように、こっちに来るヤツをずっと待ってたんや」

 言葉を切って、俺の方に顔を向ける。

「…おっちゃんがウチと同じようにして来たんやったら、帰る方法も分かるんちゃうかなって、思うたんやけど…」


「ああ、そういう…」

 俺は何も言えなくなった。

 そもそも、俺には“死んだ”という実感はない。

 だから多分、生きたままこっちに来たのだろう。

 仮に、俺が帰ることができたとしても、死んでこっちに来たミスズは、俺と同じ方法で、生きて帰ることができるのだろうか?


「うーむ…」

 落胆したミスズを眺めつつ、所在無げにボリボリと頭を掻くしかなかった俺だが、とあることに気づいた。


「ミスズさん、がっかりするのはまだ早いぞ。考え様によっては、新たなサンプルができたって事でもある!」

「…サンプル?」


「つまりミスズさんと俺は、二種類の違う方法で来てしまったわけだ。だったら、帰る方法も二種類あるかも知れないだろう?」

 ミスズの顔がぱっと輝いた。


「せやな! おっちゃん、めっちゃカシコやん!」

「だが、その方法をどうやって探せばいいのかが分からん」


「なに言うてんねん。おっちゃんを呼んだ女探して、なんで呼んだんか、なにをさせたいんか聞いたらええやんか!」

 確かに、わざわざ異世界から呼ぶくらいだから、呼んだやつが到着しなければ、どこに行ってしまったのか探すはずだ。

 “行方不明だけど、まぁいいや”で済ませることではないだろう。


「ああ、それで依頼をこなしたら…」

「送り返してくれるはずや!」

 互いに相手を指差して、なぜか少し悪い顔になった。


「…おぉ、無理のない計画…だが、依頼というのがわからんな」

「おっちゃん、悪者をどついとったときに呼ばれたんやろ? せやったらやることは決まってるわ。ズバリ正義の味方や!」


「正義の味方…!」

 男子なら誰でも心が浮き立つ言葉だ。


「ほんで、ウチも手伝うたら、一緒に帰してくれるはずやん? わざわざ他所から呼ぶようなヘタレ揃いやし、帰してくれんかったらシバくぞ言うて、居直ったったらええねん!」


「正義の味方…?」

 浮き立った心に“疑問”という名の杭が刺さったが、俺の疑問などどこ吹く風で、頬を上気させるミスズ。


「ミスズさん? 重要なことなんだが、この辺りで”正義の味方”などを呼びそうな国はあるか? 要するに、悪いやつに攻められているとか、そういう困りごとがあって、俺を呼びそうな国だが…」


「…うーん。ウチ、この国のこともよう知らんし」考え込むミスズ。「ごめんなぁ。知ってそうなふいんき出してもうて」

「いや、気にしないでくれ。テレビもネットもない世界のようだし」


 向こうの世界でも、殆どの情報はテレビやネットから伝わる。それらが無ければ、隣の国の一大事だって分からないものかもしれない。


「おっちゃん? ネットってなんやの?」

「インターネットを知らないのか。…えーと、物凄く説明しにくいが、簡単に言うとテレビの凄いヤツ、だな。世界中の誰でも出られるテレビで、色々なことが学べるが、嘘と本当がごちゃ混ぜに放送されている、使い方の難しいテレビだ」


 インターネットの説明をしている間に、俺は“あのこと”に気付いた。ネットでも、ただ目立ちたいだけの奴が居たりするじゃないか。あれを真似すればいいのではないか?

「はー、ウチがこっち来てる間に、なんや凄いモンができたんやなぁ」

「使い方次第では、凄く便利なものだ」


 言葉を切った俺は、先ほどの気付きを伝えた。

「ミスズさん、ふたりで色々目立つことをしていれば、口伝えで、呼んだ人とやらの耳に届くんじゃないか?」 


「そ…そやな! ふたりってのがエエな! ひとりじゃないって素敵なことやん!」

 瞳をキラキラさせるミスズ。

「なんやろ、こんなワクワクすんの、こっち来て初めてや! おおきにな、おっちゃん!」


 うまくいくとは限らない。

 だが、自分の存在が、この少女に笑顔を与えたのは事実だ。

 向けられた笑顔を、俺は面映い思いで見つめた。

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