悪の秘密結社部の日常

イザサク

第1話 悪の秘密結社部です!


「こんにちはー!悪の秘密結社部でーす!」

 

 シビアス学園高等部の美術室の扉がガラッと開かれ大声が響く。時刻は午後4時。美術室の中心にはモデル台に乗った彫刻が置いてあり、それを取り囲むように10名程の生徒がキャンバスに向かって一心不乱に絵を描いていた。大声には1人を除き、誰も反応しなかった。

 

「あ、来た来た。こっち来てくださーい。」

 

 手を振りながら反応したのは、茶髪でショートカットの少し日焼けした活発そうな女生徒だった。彼女はキャンバスの前から立ち上がり、テクテクと教室の端の方に歩いていった。そこには机を挟んで椅子が2つ置いてあり、片方の椅子に座った。

 

「失礼しまーす!」

 

 再び教室に大声が響き、声の主が教室内に入ってくる。声の主は、長い黒髪を靡かせて歩く小柄で気の強そうな女生徒だった。彼女は教室の端に向けて歩き、茶髪の女生徒の向かいに座り話し始める。

 

「改めまして、私が悪の秘密結社部もしくは、Dss部部長の黒崎伊奈です!えーと、あなたが依頼してくれた、美術部の明智亜美さんで合ってる?」

 

「はい、私が明智です。すみません、わざわざ部室にまで来てもらって。」

 

 頭を軽く下げながら言う明智。

 

「いいの、いいの。こっちの部室は色々作業していて人来られないから。」

 

 一呼吸おいて伊奈が続ける。

 

「それで、今回うちの部に依頼したい事っていうのは?」

 

「簡潔に言うと、ここに写っているストーカーを捕まえて欲しいんです。」

 

「ストーカー?」

 

 伊奈が聞き返すと、明智は頷き、スマホを取り出して伊奈に画面を見せる。画面にはフェンス越しにカメラらしきものを構えた男子生徒が写っていた。しかし、男子生徒は遠くで写っているうえにピントがボケていて顔までは判別が付かない。

 

「うーん……これだと顔も何もわかったもんじゃ無いわね。ちなみに、何があってストーカーだと?」

 

「えー、私美術部の他に女子陸上部にも入ってるんですけど……」

 

 そう前置きして明智が話し始める。

 

「まず今見せた写真ですけど、3週間くらい前に、グラウンドで練習している時にシャッター音が聞こえたんです。それで周りを見渡すとカメラを構えた人がいて、その人を撮った写真なんです。声をかけようとしたんですがフェンス越しだから逃げられちゃいまして。」

 

「ふむふむ。」

 

「その後も何回かその人が練習中の私達を盗撮していて、やめるように言おうとしてたんですけど毎回近くには来ないので逃げられるんです。でも、1週間前から急に練習中にその人を見なくなったんです。」

 

「あら、良かったじゃない。」

 

「はい、ここで終わったら良かったんですが……練習中に見なくなった日から、私の帰り道に誰かが後ろから付いてきてるんです。他の陸上部員に聞いても誰もそんな事無いっていうので、私だけに。」

 

「なるほど。女子陸上部全員から、あなただけに狙いを絞った感じかしらね。」

 

「多分……そうなのかと……。それで昨日は正義の味方部にも相談したんですよ。でも、その程度の事に時間は使えないって言われて……」

 

 と、少し悲しそうにいう明智。


「なるほど、正義の味方部は高い金か学校からの評価が絡まないと動かないからね。それでうちに相談したわけね。」


「そうです、一昨日から友達と一緒に家まで帰るようにしてるんですけどそれでも付いてきてるみたいで、もう怖くて……」


「よし、その依頼引き受けましょう!ちなみに、写真以外でストーカーの情報って何かある?」


 首を横に振って明智が言う。


「さっきの写真一枚だけです。すみません、何も無くて……」

 

 胸をドーンと叩いてミカが自信たっぷりに言う。

 

「大丈夫よ!安心して。情報無くても無理やり今日中に捕まえてあげるから!私たちは悪の秘密結社よ?そんなストーカーくらいあっさり捕まえるわ!」


「ほんとですか!良かった……」


 そう言って安心したのか少し涙目になった明智がハンカチで目元を拭う。


「ええ、それじゃ……連絡先交換しましょ。あなたにも多少協力してもらうから。私は部室に一回戻って、作戦を決めて、また連絡するわ。」

 

 スマホを出してミカが言い、元気そうに明智が返す。

 

「分かりました!今日で終わるなら何でもします!」


 そうして連絡先を交換し終えたミカは一度美術室から出て、


「失礼しました!悪の秘密結社部でした!」


 と、入室したときと同様の大声を残して部室に戻っていった。



 その20分後。明智に「学校から出る前にメールして!」とだけ、ミカからメールが届いた。




 午後6時30分。校門前に明智が1人でいた。不安そうな顔でスマホを見ていたが、ピロン、とメッセージが一通届くと決心したように歩き始めた。その後ろを距離を空け、数名の人物がそれぞれ付けていた。


 日がまだ沈みきって無い中、段々と人通りの無い道へ明智が歩いていく。相変わらずその後方では数名の影が蠢いていた。

 段々と少しずつペースを上げ歩いて行く明智。路地を曲がり、長い直線に差し掛かり、明智の周囲から人が消えた瞬間、明智は急に方向転換し、後方の人がいる方向に走り出した。


「えっ!?」


 明智の1番近くに付けていた人物が狼狽し、逃げ出そうとする。しかし、


「おりゃあああああ!」


 と、雄叫びをあげ明智がその人物めがけてタックルし、取り押さえる。


「はっ!?誰だよお前!?」


 捕まった人物が明智の格好をした人物に叫ぶ。


「ああ?誰ってずっとお前が付けてた男だよ。」


 そう言って明智の格好をした人物が茶髪のかつらを取る。そこからは黒髪が出てきた。


「男!?女じゃねぇか!」


 その光景を取り押さえられ下から見ていた制服姿の男が叫ぶ。そこに、


「はーい、そこまでよ。凛人もお疲れ様。女装、似合ってるわよ。」


 と言いながら付けていたもう1人の人物、伊奈が現れる。その側には本物の明智もいた。


「やめてくださいよー、似合ってるなんて。結構不本意なんですから。」


 と、先ほどまで先頭を歩いていた人物、凛人が伊奈を見て言う。すると、凛人が続けて叫ぶ。


「部長!後ろにもう1人いる!」


「なんだと!?」


 と伊奈が振り向くと、こちらも制服姿の男が逃げるように走っていった。


「明智さん!あなた陸上部でしょ、追いかけてこれをあいつの目の前に投げて!」


 と言って伊奈が明智に野球ボールほどの球体を渡す。


「え?これを?」


 困惑する明智に対して伊奈が急かす。


「ほら、早く!」


「はい!」


 そう返事して走り出す明智。やはり足は早く、あっという間に伊奈達の視界から消えた。


 そして走っていった2人は明智の方が足が早いようで、みるみる距離は縮まっていった。


「くっ!」


 追いつかれると思ったからだろうか、男は先ほどの凛人のように急に振り向いて明智の方に走り出した。


「へっ!?うわっ!」


 明智はびっくりして、その場で思いっきり転んでしまった。尚も走り続け明智に近づく男。そんな2人の距離が近づく中、先ほどの場所から遅れて追っていた伊奈が叫ぶ。


「明智さん!さっきのやつ!早く投げて!」


 それを聞いて思い出したように明智が転んだ体制のまま、球体を投げる。しかし無理な体制のためか男の目の前には程遠く、明智の4、5m先に落下した。その瞬間、明智に迫っていた男の動きがピタッと止まった。


「はーっ、はーっ、ゲホッ、おぇっ、明智さん……はーっ、大丈夫?」


 明智に追いついた伊奈が激しく息切れしながら声をかける。


「結構擦りむいたけど、慣れてるから大丈夫です。それより、なんですか、あれ……」


 と、走っている途中そのままの姿勢で静止した男を指差して明智が聞く。男は腕を振り上げ足を上げていて、今にも走り出しそうだが全く動かない。


「ゲホッ……はー……落ち着いてきた……あれは、周囲の空気を固定してるの。はぁ……ちょっと違うんだけどわかりやすく言うと、時間が止まってるって感じね。」


「そんな事……できるんですか……」


 伊奈の答えに驚いて返す明智。


「うちの秘密結社の文字通り秘密でね。割となんでも出来るわよ。」


 と言ったところに凛人がロープでぐるぐる巻にされた男を連れて追いつく。


「部長、サイコスフィア貸してくださいよ、大変なんですよここまで人運ぶの!」


「ああ、お疲れ様。大変ねー。1つしかないから、明智さんに持たせちゃったからもう無いのよ。それじゃ明智さん!とりあえずその転んだ傷見せてくれる?」


「え?はい、ここです。」


 明智は急な話題の切り替わりに困惑しながらも、かなり擦りむいて痛々しい傷を負った足を向ける。


 「ああ、ここね。じゃあ治すわよ。」


 と言って傷口に手をかざす伊奈。10秒ほどかざし、手を退けると傷は全く無くなっていた。


「えっ!?凄い!ありがとうございます!何したんですか?」


「ふふっ、秘密よ。傷も治ったし歩けるわね?」


 元気よく立ち上がる明智。

 

「大丈夫です。むしろ転ぶ前より元気なような……?」


「それは良かったわ、えーっと、そこのストーカーのお2人さん、向こうの公園でお話、聞かせてもらえるわね?」


 そう言って伊奈は止まった男とロープで縛られた男を見る。ロープで縛られた男だけが頷いた。




 近くの公園に移動した一行は、ストーカー2人に話を聞いていた。伊奈と明智はブランコに座っていて、凛人はその側で立っていた。先ほどまで止まっていて、そのままここまで運ばれた男はずっと意識があったらしく、動けるようになるなりすぐ謝罪していた。2人から話を聞いた伊奈が簡単にまとめる。


「つまりロープの貴方は明智さんに好意があって後を付けていたと。そうね?」


「はい……話しかけようと思ったんですけどタイミングを逃して……」


 ロープで縛られたままの男が項垂れながら答えた。


「ふむ、そしてもう1人の貴方。フェチ部に入っていて、その活動のために盗撮をしてたと。それで段々明智さんの事が気になって部活以外にも盗撮を始めたと。」


「はい……申し訳ないです。」


 先ほど止まっていた男は縛られて無いが大人しくしていて、言い終わると同時に綺麗に土下座をしていた。2人を一瞥して伊奈が明智に聞く。


「て言う感じで2人とも明智さんの事好きらしいけど、接近禁止でいいわよね?」


「もちろん、もうやめて欲しいです!」


 首を縦に振って明智が答える。


「よし、じゃあ2人は明智さんに接近禁止ね!破ったらさっきみたいに永久に止めるわよ。いいわね?」


「「はい、2度としません!」」


 2人が同時に返事した。


「よし、これで解決って事で大丈夫ね?明智さん?」


「はい、こんな早く解決してもらってありがとうございます!」


「大丈夫よ!これくらいすぐ解決するから、また依頼してね!」


 被疑者2人が横にいる中会話する2人。そこに挟まれた凛人は気まずそうにしていた。気にせず伊奈が続ける。


「それじゃ、今回の料金のことなんだけど……」


「はい、おいくらでしょうか……」


 明智が鞄から財布を取り出す。その後、伊奈が続ける。


「私と凛人が動いてるから400円、そこに傷を治した分とか込みで……500円ってとこね!」


 それを聞いて以外そうにする明智。


「え?そんな安いんですか?」


「うちは安いわよー。正義の味方部行ったら10倍20倍は取られるわ。でもでも、今回は犯人2人から取るから、明智さんは出さなくていいわ。もう帰っていいわよ!ストーカーはいないけどもうそろそろ暗くなるし気をつけてね!」


 笑ってそう言う伊奈。一瞬キョトンとして明智が返す。


「え?はい、ありがとうございました!凛人さん?も、ありがとうございます!」


 明智は犯人以外の2人にお辞儀して帰っていった。


「ふふ、じゃあ犯人のお2人さん、お金払ってもらおうかしら。今日の事は学校側には言わないから、安心してね。」


 急に地べたに座っている2人を見て伊奈が言う。さっきと同じように口元笑ってはいるが目が一切笑っていなかった。


「はい……500円ですよね、払います……本当にすみませんでした……」


 そう言って自由に動ける方の男が財布を出す。凛人がもう1人の方のロープを解き始めたタイミングだった。


「500円?何言ってるの?あれは依頼者価格よ。あんた達2人は有り金全部に決まってるでしょ?ほら、早く財布丸ごと渡しなさいよ。凛人もそいつのロープ解く前にまずは鞄から財布取りなさい。」


 そう言って手を差し出す伊奈。その顔は全く笑ってなく、真っ黒い目で2人を見ていた。


「あー、怖。わかりました。」


 縛られたままの男の鞄を漁り始める凛人。それを見た縛られたままの男が、


「ちょっと、待ってくれよ!これじゃ恐喝じゃないか!こんな事して良い訳が……」


「はぁ?何言ってるの?」


 男の喋りの途中で伊奈が割り込む。


「あんた達は悪い事したの、それで迷惑かけたの、怖い思いさせたの。わかる?それで私達は依頼を受けて解決したの。で、学校に黙っといてあげるの。そう考えたら安いもんじゃない?逮捕もされないし、退学もならないし、その方がいいでしょ?」


「でも、こんなの恐喝……」


 まだ縛られた男が小さい声で言うが、伊奈がとどめのように言う。


「恐喝?だって、私達は悪の秘密結社だもの。それくらい簡単にするわ。」


 それを聞いて諦めたように項垂れる男。そんな男の鞄から財布を発見した凛人。伊奈にそれを渡す。そして2人の財布から現金を抜き取った伊奈が、2人の学生証の写真も撮る。そして凛人に男のロープを解かせると、2人に向かって言う。


「それじゃ、2人とも、もう明智さんに近づいたらダメよ?今日の事を誰かに言ってもダメよ?わかった?」


「「……はい」」


 悔しそうに犯人2人が答える。それを見て伊奈がブランコから立ち上がって、


「一件落着って事で!帰るわよ、凛人。2人も金返せ以外の依頼があれば悪の秘密結社部に来てね!」


 そして公園の外に向かって凛人を引き連れて歩きながら最後に


「それじゃ、悪の秘密結社部でしたー!」


 と言って、日も暮れて真っ暗な道を、悪の秘密結社部の2人は帰っていった。

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