バカでかいツバ広帽子を被っている学生

エホウマキ

第0話 前の夏・夜の校舎・破壊1

 去年の夏はどえらく暑かった。

日中はさんさんと照りつける太陽が地上を焼きに焼き、夜間は日中の余熱がどんよりと漂う。吹く風はドライヤーとそう変わらない。 

正に地獄のような季節だった。


 俺が通う学校も地獄のような有り様だった。伝統的といえば聞こえはいいがうちの学校はとにかく校舎からして黒茶で古臭く、校則も柔軟性のないことだらけだった。


 どれだけ暑くても衣替えの日まで通気性皆無の学ラン姿で授業を受けなければいけないし、授業中に水も飲めない。


教室にエアコンなんてもちろん無い。あるのは紐が真っ黒になってる扇風機だけ。

 (ここはサウナ!ここはサウナ!!ここはサウナだ!!!)とか(斜め前の女子の火照った顔エロいなー)とかそんな感じのことを考えて俺は暑さに意識を持ってかれないようにしていたが、クラスのやつらは続々とダウンしていく。

で、ダウンした生徒を半袖の教師が叩き起こすってわけ。

 

 なまはんな精神で授業を受けてっから頭叩かれんだぜばーか、って内心思ってたり暑くてただボンヤリ見てただけの俺だったが、そうもしていられない事態が起こった。


 その日も気温が高く、そのうえ夜中に半端に雨が降ったせいで湿度も高かった。

学ランの中は汗でびっしゃびしゃでべっとべとだし、ノートに汗が垂れて消しゴムかけたらぐっしゃぐしゃになるしでさすがの俺でも頭がおかしくなって奇声が喉まで出かかってた。

 (落ち着け、俺。深呼吸だ。気を整えるんだ)

 そう心のなかで呟き、まぶたの力を抜き半目になり、深く吸って止めて吐いて。

これを静かに繰り返し気を落ち着かせる。そうやって俺は何度も心を落ち着かせてきた。


8セット繰り返してようやく落ち着かせられたと思った突如、俺の後頭部に衝撃が走った。

(え!?なに!?)

 振りかえると半袖教師が教科書をひらひらさせながら立っていた。

「授業中に寝ちゃだめでーす」


(は!?は!?はあ!?あああ!?俺にむかって言ってるの!?寝てねーよ!?気も失ってねーぞ!?いまやってたところ俺に問題振れよ!完璧に答えてやるからよお!!なまはんヤローらといっしょにしてんじゃねーよ!ていうか半袖着るな!教室動き回ってすこしでも涼しい場所にいこうとするな!あ・あ・あぐがががっっ…………)


 凪いでいた俺の中で怒りの嵐が巻き起こる。それでも俺は奥歯を強く噛み締め全筋肉に力を入れ、嵐をなんとか俺の内に封じ込めた。


しかし、その嵐は放課後職員室に日誌を届けに行った際に感じた冷房の心地よさによりあっけなく復活する。

とはいえ時間をおいた怒りなのでその場で暴れ出すようなことはしなかった。

その代わり嵐は大胆な行動力の源と化したのであった。


 その日の深夜1時半、俺は俺の内の嵐がそのまま出てきたかのような雷雨のなか、校門を乗り越え教員室のすぐ外へ回り、むき出しの室外機のホースを持ってきた鉈で切り裂いた。

これだけじゃセコいな、て思ったからそこらへんに転がってたコンクリブロックで室外機のファンまで叩き壊し、もういくとこまでいっちゃおうってなって教員室の窓枠ごと叩き壊して最後は室内のエアコンに向かってブロックを投げつけてから帰った。


 次の日の教師らはザマーみろって感じに額に汗を滲ませたしんどそうな表情をしていた。ざまーねえなあ!すこしは生徒の気持ちがわかったか!


 わかってないだろうなあ。だって俺ら生徒はまだバカ暑い学ラン着てるのに教師らは半袖着てんだもんなあ。

 まだまだ俺らの感じる暑さには足りてないけど、これ以上はやりようがないしな。昨日の夜中でもう怒りも萎えたし……いいやもうちょっとしたら衣替えの日だしテストも迫ってるし。真面目にまた学生するぜ。


 その日の2限頃、ちょっと強くて長い局所的な地震が起きた。そのせいか校内のいたるところで水道管が爆ぜ、蛇口を回しても水は出ず、ばたばたばたばたと熱中症で倒れるやつが続出。全国ニュースでも取り上げられた。


 で、うちの学校の時代錯誤な校風、校舎、校則が全国から猛バッシング。ついでに教員らのいやらしい不祥事が続々と発覚でもうめちゃくちゃよ。


 最終的にうちの学校は死んで、現代ナイズドされた校風、校舎、校則になって生まれ変わった。なんとオールシーズン私服可なんだぜ。


 あのバカ暑かった夏から一年、通学路を歩いていると斜め前の席の女子が元気に挨拶してきた。


「おはよう!今日は暑いねー!あっついからもーわたし夏服出しちゃった!」

「いいね。その服、学ランより涼しいっしょ」

チューブトップにダメージジーンズのコーデがエロいなーて思いながら俺はそう言った。

「あはは!あたりまえじゃん!ところでさっきから気になってたんだけど、きみのかぶってるその帽子、ツバでかくない?」

「いいでしょこれ。こんだけでかいと日差しがまったく気にならないのよ」

「そうなんだ!それはいいね!」

「そうなのよ……」


 遠くの空に入道雲が見える。街路樹がさわさわと鳴りいつかとは違う涼やかさを感じる風が吹く。

 気持ちの良い夏のなか、俺達は白い校舎に向かって歩いていった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バカでかいツバ広帽子を被っている学生 エホウマキ @shimotsuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ