第106話 プールサイド 一

「頭領! 超級神威かむい反応が──」


 慌てたように駆けてくる水辺守プールガードの長。


 その河童ウンディーネの声を、大嶽丸おおたけまるは片手を軽く上げて止めた。


「知ってるヨ。まったく、道具の数字ばかり見てないで、肌で感じなってばサァ。……これだけ肌を震わす戦いの気配、いつぶりかナァ? いやぁ、発想インスピレーションが湧くよネェ!」


「言ってる場合か! 里の危機だよ!」


 この水辺守の河童、大嶽丸とは、大嶽丸襲名以前よりの幼馴染である。


 職人気質、というより芸術家気質でといった程度の大嶽丸のそばで、その芸術家が起こす問題の事後処理をさせられ続けてきたこの河童は、ついつい大嶽丸に常識的なことを言う役回りに慣れてしまっていた。


 なお、大嶽丸は気難しい比類ない芸術家という扱いなので、その大嶽丸をここまでキッパリ怒鳴りつけられるこの河童は、里において貴重な人物とされていたが、本人にとっては不本意極まりない扱いであった。


 この二人の関係の気安さは、滅多に人を入れない大嶽丸専用工房に、業務上必要な連絡とはいえ普通に入って行けることからも明らかであった。


 芸術家・大嶽丸はゴーグルの下から河童を見上げる。


「里の危機? いやァ、? そんなモノより、この臨戦の気配、迸る発想。アア、新しい刀が浮かんできたァ!」

「……お前本当にさぁ!」

「ちょっと工房に籠るから、あとは任すヨ!」

「だからぁ! お前はこの里のトップなんだよぉ! わかんねぇの!? この神威量、里どころかクサナギ大陸の危機だよ! 神威用計器が『ボンッ!』っていったの! 『ボンッ!』って!」


 大嶽丸ざぶざぶランドは武装の持ち込みを禁じている。

 が、道士は武具も甲冑もなしで戦うため、多量の神威が放出されるのを計測する道具が各所に備え付けられていた。

 それら全体から上がってくる情報を統括・観測する道具もあるのだが、その道具が爆発し壊れた。これは、『計器の計測範囲以上の神威が放出された』ということに他ならない。


 そして計器を作り出した四代前の大嶽丸が馬鹿なので、計器の上限はぬえ級の大妖魔でも観測可能なほどに設定されている。

 これは現代の、帝が治めているクサナギ大陸ではまず観測されない値である。


 その計器が壊れるというのは、かつての都を騒然とさせた化け物以上の何かがこの大嶽丸の里に来ているということに他ならない。


「ま、剣聖サンに刀あげて放り出したし、あの人なら斬って楽しそうな相手の気配を感じてなんとかするでショウ!」

「え、剣聖の刀とか打つヒマあったの?」

「ううん。初代から伝わる異界の剣を貸した」

「この馬鹿! 里の宝を独断で貸すな! え、っていうか、待って待って、!? この里は水辺守以外の武装は禁止なんだが!? 『刀の引き渡しは入り口受付で行う』って決まり、知らないとは言わせねぇけど!?」

「相変わらず細かいこと気にするネェ」

「細かくねーよ! 里の保全管理のためだよ!」

「でも緊急事態なんでショ? ちょうどよかったネェ! ってわけで、サ、行った行った! これからウチは発想を形にしなきゃいけない! 誰も入れないでネ!」

「ちょっと、ちょっとちょっと!」

「指揮とかは任せるネェ。君が大嶽丸名代だ! ヨッ、名代! んじゃがんばって~」


 まだまだ何か言いたそうな河童の背中を押して追い出し……


 大嶽丸は、炉に火を入れる。


 こうなった大嶽丸は止まらない。そのへんにある素材ならなんでも使い、発想を形にするべく一心不乱に刀を打つことになる。

 里の技術と火山からあふれ出る炎の神威を利用した炉は一瞬で最高温度に達し、暗かった部屋が炎の明かりでオレンジ色に照らされ、あっという間に部屋の中が汗のしたたるほどの熱気に包まれる。


 大嶽丸は芯とすべき鋼を選びながら、考える。


(さて、この発想インスピレーションは、何に刺激されたモノなのかネェ)


 この肌を震わすような、おぞましい、ねばつくような神威か?

 それとも、それに立ち向かうであろう剣聖の戦う姿か?


 あるいは……


(先の神威に比べれば強いとは言えない。けどネェ、ヨォ。何かとても興味深い気配だ。? ウチが打つ剣は一体、誰のための剣になるんだい?)


 大嶽丸は完成品の形を知らない。

 鋼を叩きながら自分の中にある発想を形にし、鋼がように

 ゆえに当代の大嶽丸、


「……こいつァ、一世一代の仕事になる予感がするネェ!」


 里の危機、知ったこっちゃなし。


 大嶽丸はこれから出来上がるの姿を早く見たい一心で、鍛冶を開始する。



 黒い何かが高速で通り過ぎていく。


 まるで空間に墨汁をたっぷりつけた筆を走らせたかのようだ。


 その黒い何かは飛沫を散らし、床に落ちた飛沫から『何か』が生まれる。


 それは西洋甲冑をまとった戦士たちである。

 黒い鎧。黒い肌。目も口も鼻もないのっぺりした顔立ち。

 どことなく浮世草子の登場人物であるかのような現実感のなさ。

 ただし武器のにぶい輝きだけは本物で……


 盾と短槍たんそうを携えたそいつらが、たまたま近場にいた来園者の腹を、後ろから刺し貫いた。


「は?」


 貫かれた者は、わけがわからないという顔で自分の腹から生えた槍の穂先を見て……

 絶命する。


 一瞬の静寂。

 継いで、阿鼻叫喚。


 黒い戦士が槍に刺さった人間を乱暴に振って投げ飛ばす最中、同じように槍で貫かれる来場客がそこらじゅうで出た。

 逃げまどう人々でプールサイドが騒然とする。


 遅れて現れた水辺守が隊列を組んでこれへの対処にあたる。

 が、水辺において無双である河童の部隊が、押され始めている。


 この黒い集団、一人一人が。クサナギ大陸にさえ二つとない精鋭揃いである。

 さらに連携がとれている。

 水辺守が隊列を組んだ瞬間、黒い戦士団もまた戦列を組む。

 その陣形、知識がある者が見れば一発で名前を言い当てることであろう。


 


 盾を構えて一塊になることで、軍全体を動く要塞とし、要塞のまま相手へと向かう陣形である。

 もちろん歴史の中で対策され、破られることになる陣形ではある。密集陣形である以上、超威力の重火器などが相手であれば対応もできない。


 だがこれに初見で対応するのは不可能だ。


 少数の酔漢や力の強い狼藉ものなどの相手において水辺で無双を誇る水辺守。

 だがなどという事態に対応しろというのは、どこの誰でも無理な話。


 それでも水辺の利を活かし、河童たちは対抗するが、じりじりと削られ、負傷者が増え、かといって攻め込もうにも相手は無数のトゲを生やした要塞。

 どうしようもないまま時間が過ぎていく中……


 この場所。


 ざぶざぶランドの入り口ほど近く。


「はわわ」


 そこにたった今入ってきた少女が、声をあげる。


「たたた大変なんだよ……あれ、なんだよ……ど、どうしよう?」


 その少女……

 神器剣アメノハバキリは、近場にいたアシュリーに問いかける。


 アシュリーは、こう応じた。


「あわわ……ど、どうしようって言われても……」


 騎兵がないと何もできない。

 が、騎兵はランドの外である。


 そして今、ランド入り口あたりで戦闘が起こっており、外に阿修羅を拾いに行くためには、あの戦闘を突っ切らなければいけない──


『はわわ』が語る。


「あ、あれは人間の命が芯になってて、私の力でもどうしようもないんだよ……」

「でも、剣士なら武器さえあれば……」

「私を使うには資格がいるんだよ……私、だから……人間の血が混ざってないと一段階も使えないよ……」

「え? 『私を使う』? あなたは氷邑家の剣士じゃないの?」

「え? 違うよ? 私は剣士じゃなくて剣だよ?」

「え?」

「え?」


 さっぱり情報の共有が済んでいない少女二人は、首をかしげ合う。


 アメノハバキリをその銀髪から氷邑家縁者と思い込んだアシュリー。

 アシュリー(というか阿修羅)が、大江山において、目的である『銀髪の子』と仲良さそうだったので知り合いかなと思って声をかけただけのアメノハバキリ。


 錯綜する状況の中、情報共有が済んでいないので混乱する二人の少女が首を傾げ合う中……


 状況がどんどんと、混迷していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る